スーツは男の戦闘服 -2-Ub




「〜〜〜〜っ!」
その場にうずくまったままのアンダーソンを乗せ、エレベーターは下へと降りてゆく。
「やべ・・・怒らせた」
蹴り上げられた痛みに、そのままスミスの怒りを感じて、しばし反省。
1階に着き、何とか前屈みのままエレベーターから降りたものの、しばらく動けず、アンダーソンはフロアのベンチに座っていた。
これからどうしたものか・・・と考えつつも、出るのは溜め息ばかり。

どれぐらいそうしていたか・・・
フロアには、疎らながらも人影があった。
残業があるのか、テイクアウトの袋をさげてエレベータを待つ者もいる。
「とにかく・・・晩飯だよな」
そう呟くと、ちょうど前を歩いてゆくOL2人の後を追いかけるため、立ち上がった。


暗いオフィス1人、スミスは窓際に立って外を見ていた。
その実、何も目に映ってはいない。
ただ動くことが出来ず、漫然と立っていただけ。正直、足が震えていた。
「なんだ。真っ暗じゃないか」
声と共にオフィスに灯が点く。
その声に、スミスは身を竦ませた。
「俺のキス、不味かった?」
殊更軽い言い方に、ムッとする。
「そういう問題じゃないだろう・・・」
近づいて来ない気配にホッとしながら、努めて冷静にスミスは応えた。
「俺、タバコ吸わないし・・・」
「それ以前の問題だ」
「ああ。悪かったよ。ごめん」
殊勝な言葉に、スミスは初めてアンダーソンの方を見た。
入口のドアの所に立ったまま、困ったようにスミスを見ていた。
「えーと・・・そのさ。何てゆーか・・・俺、ちょっと浮かれてたみたいでさ」
「浮かれてた?」
「うん、そう。あんたとディナーに行けると思って」
「何をまた・・・下らない事を」
「下らない事じゃないさ」
勢いで中に入ったアンダーソンだったが、スミスが身を堅くしたのを目聡く見止めて立ち止まった。
「いやだから、俺にとっては下らない事じゃないんだって」
ひとつ大きな溜め息。
「だって、あんたと居られるのは、俺がここに居る間だけだろ?だからさ、今夜のディナーがダメになって焦ったんだな。たぶん」
「何を焦る?別に仕事に支障は無いだろう」
「だーかーら〜!」
やってられない!という様に、アンダーソンは天を仰いだ。
「仕事が順調なら、俺の出向期間も短くなるだろ?そしたらあんたともお別れだ!そうなる前に、個人的にお知り合いになりたかったワケ!」
わかったか!とばかりに指を突きつける。それをスミスが呆れたように見返していた。
やれやれ・・・という様なスミスの溜め息。
「それは君の事情だ。私には関係無い」
「ああそうだよ。だから悪かったと思ってる。反省してるさ」
「そう願いたいな」
「まったく、あんたってヤツは・・・」
駄々っ子のような口調で言い募るアンダーソンに、スミスの頬が微かに緩む。
それを見て、アンダーソンもニヤリと笑った。
「とにかく悪かったよ。これ、お詫びのしるし」
そう言って、手にしていた袋を手近なデスクの上に置いた。
「何かね?」
「あんたの晩飯。通り2本向こうに中華のケイタリングが出ててさ。テイクアウト出来るんだ」
「・・・・・・・」
「美味しいって評判だ」
「聞いた事は無いな。誰が言ってるんだ?」
「お嬢さん方さ。OLってのは、安くて美味しい店を探索するのに余念が無い」
「ほう・・・」
「じゃな。ちゃんと食べてくれよ。あんたは放っておくと食事しないから心配で、心配で」
「大きなお世話だ。アンダーソン君。しかしそれは、ありがたく頂いておこう」
スミスの返答に、アンダーソンは笑みを返した。

「アンダーソン君」
オフィスを出てゆこうとするアンダーソンを、背後からスミスの声が追う。
「え?何?」
まるで主人の声を聞いた犬の様な反応。
「君のお勧めの店と、どちらが美味い?」
「そんな事・・・決まってるだろ?俺のお勧めなんだから間違いさ」
「そうか」
スミスの口元に笑みが浮かぶ。
「では時間がある時に、一度行ってみるのもいいかもしれないな」
「その時は案内するよ」
「ああ」
頷くスミスに手を振って、アンダーソンはオフィスを後にした。
その足取りは、天に昇るかのごとく軽かった。



--- to be continued ---
<03,12.05>