工業商校からの実践報告


   『天使も踏みこまぬ所に愚者なればこそ』

    ---青年教師三年間の歩み一一



[新任から3年間の試みを綴ったものです。今となれば、気恥ずかしいのですが・・・]

●はじめに

 新任教貝として,愛知県の西三河に位置する,県立工業高校へ赴任して,三年半の月日が過ぎようとしている。この間,ただガムシャラに授業をしてきたというのが本音だ。新英研の理論,実践に学ぴ,自分の創意工夫を織りまぜながら,「星の王子さま」「エデンの東」「独裁者」なとの読み物,自己表現につながる英文法,英詩教材,地誌をまとめた英文風土記づくり,生徒との交流の場にと週刊英語新聞の発行とか,精一杯やってみた。
 ところがドッコイ,「楽しくてよくわかる授業」なんて絵にかいたモチ。生徒の感想の中にも「楽しかった」といった声と同時に「英語力がつかなかった」という手厳しい批判も見られた。教師はやり直しがきくが,生徒は一回きり,失敗は許されない一一そう痛感しつつも,いかんせん,なすすぺがない。ともあれ,1時間1時間の授業を結果はどうであれ,「これが自分のペストだ」と信じてやる以外に手はないとさとり,授業に臨んでいる毎日だ。

この現実一一つまらない教材と乏しい学習意欲

 職業高校という理由で,生徒の受ける英語授業は週三時間,教科書は英語Aを使用。赴任当初,期待と不安のいりまじった心境で教科書を開けてみて,びっくり。面白くもなんともない英文ぱかり。退屈きわまりないアルファベット記号の羅列で,教えようという意欲が湧いてくるものでは全然なかった。車でも欠陥車は厳しく規制されているというのに,教育という人間を育てる要になる教科書が,こんな状態で放置されているとは!これでは生徒が英語嫌いになるのも,むぺなるかな,と欠陥教科書に憤りさえ感じた。
 頼みの綱の生徒たちも,そんな教科書を反映してか,普通科に入学出来ず,仕方なく工業高校に来た,という挫折感からか,「俺たち就職しても,英語なんか必要ないよ」と平然とひらき直り,総じて英語に興味を持とうともしない。こんな現実にとう対処したらいいのか。途方に暮れているだけでは,何の解決にもならない,ともかく,自分の持てるエネルギーをぶつけてみるしか道はなかった。

英語教育のめざすもの一一違いのわかる男と女

次の(l)〜(6)の英文のうち,(1X3X5)は教科書の例文,(2X4X6)は生徒の創作文からピッアップしたもの。一読して判るように.この両者の対比が,いみじくも現在の英語教育の欠落と,求めるぺき英語教育の姿を象徴しているように思われる。教科書の英文は毒にも薬にもならないものぱかり。それにひきかえ,生徒の創り出した英文は,真実味があり,心に響いてくるものがあるのでは。形式だけでなく,中味の豊かさが教育なのだ!
(1)I know them.
(2)I hate jeaIousy and envy.
(3) TeIl me what to do now.
(4)PeopIe need not an atom‐bomb.
(5)They caIIed him John.
(6)I want to love every people in the world.

今のところ,英語教育の目的として,次の四つをあげたい。
1)人間形成
異質の言語体系を学ぷことにより,それまでの日本語だけの世界をより客観化し,あわせて母国語との矛盾葛藤の中で,言語感党を磨き,理性・感性ともに豊かな人間を形成する。
2)文化創造
英語諸国の文化に触れることにより,その異質性と同質性に対する認識を深め,日本の文化をより質の高い豊かなものに創りあげる。
3)国際連帯
無国籍的人間ではなく,自己の文化をこよなく愛し,同時に他国の多種多様な文化の良さも認められるようなインターナショナルな感覚を養う。また,外国の優れた文化を受容吸収するだけでなく,英語を通して現実の日本の姿を世界の人々に知らしめ,柏互理解を深める。
4)英語学力の陶治
上記の目的を達成するためにも,こととことばとこころの結びついた良質な教材を豊宮に使って,生き生きした英語を幅広く学習し,確かな人間的語学力をつける。

私の実践一一手作り教材あれこれ

 こちたきさかしらは,これぐらいにして,以下私の三年間の試みを記そう。ただし,紙面の都合上,資料を大幅にカットせざるを得ない事を,お許し願いたい。

(1)故郷発見
 ふるさとの村や町の地理・歴史・文化・産業・名所をそれぞれのグループに分け調ぺ,共同英訳し,一冊の風上記にまとめあげた。題して,Discover Our Home Town.最後にグループ発表の時間をもった。特に建築科の吉良町(忠臣蔵で悪役になる吉良上野介が領主だった所)班は,前もって自分たちの歌を録音し,パッグコーラスに入れて発表してくれた。「襟裳岬」の代え唄,吉良町出身の作家尾崎士郎の「人生劇場」が飛び出し,聴いてる者は抱腹絶倒だった。

(2)文法のまとめ
 系統的ではないが,不定詞,現在完了,関係代名詞,仮定法なとが教科害に出て来た都度,その要約をプリントし,学習した。黒川泰男氏編「新しい英文教材集」を参考にして,なるべく自己表現を導き出すように工夫した。たとえぱ,不定詞を学習し,それをもとに英文を創らせたら,こんなものがあった。

I wish to be honest to myself.(杉浦)
Kakuei Tanaka has grown up to be a progressivist of inflation.(榊原)
Kakuei Tanaka has grown up to be a man of facial neuralgia.(手嶋)

 たまたま田中角栄が人脈・金脈間題で追求されていた時だったので,こんな文が生まれたのだろう。
 また,一年教科書NEW VISTAの中に,「砂漠の奇妙な岩」という五文型学習用のレッスンがあった。が,その内容たるや,文字通り砂をかむように空疎だった。そこで,第l文型から第5文型になるにつれ,より複雑多岐な世界を言語化できる事か判るように,プリント学習を試みた。第l文型の練習問題には,韻をふんでいる楽しい英詩を利用し,OHPに下のような絵を描いたりした。英文と絵を結びつけさせるなんていうのも,面白いだろう。

Frogsjump,
Caterpillars hump,
Worms wiggle,
Bug jiggle,
Rabbits hop,
Horses clop,
Snakes slide,
Seagulls glide,
Mice creep,
Deer 1eap,
Lions stalk,
But…
Iwalk!

 また,S+V+0の第3文型を応用し,動詞needとIoveを使って生徒はこんな英文を生み出した。どれを取ってみても,その生徒の内面世界をのぞかせたり,発想のユニーくさがあり,内言の豊かさに,教師の方が驚かされた。(原文のまま)

Male needs female.
A baby need Iullaby.
Vegetables need manure.
Witch need a broom.
We need teachers.
I Iove sympathetic girl.
Lad love crowded train.
I love justice.
Women love pearl.

(3)星の王子さま
 かって子供であった大人のために書かれたこの童話。その中から,星々をまわり,色々な人種に会っても友だちが見つからず,淋しい気持ちで地球にやってきたLittle Princeが,キツネに会う場面を,マークレスター主演の録音テープを使って学習。キツネが王子にこう語るセリフは暗誦させた。

“One only understands the things that one tames.Men have no more time to understand anything.They buy things all ready made at the shops.But there is no shop anywhere where one can buy friendship,and so men have no friends any more.”

 二人が別れる時のキツネの言葉は,生徒の心の琴線に触れるものがあったようだ。テストで,目に見えなくて大切なものを英語であげさせたりした。
“Good‐bye.And now here is my secret,a very simple secret:It is only with the heart that one can see rightly;what is essential is invisible to the eye.”

(4)英詩の鑑賞と創作
 欧米の易しい英詩とか,同世代の日本人高校生の英詩とかを20数篇学習し,そのあと生徒に自由に英詩を作らせた。そうしたら,淡い恋心をせつせつと訴えた詩,親への愛着を綴った詩,自然を謳った詩と,それぞれ自己のなかみを素直に表出した詩が集まり詩集が完成した。さながら,ひとつの高校生群像,青春の光と陰と呼ぶべきものになり,授業も活気づいた。
 次の詩は,1時間電車に揺られ通学していた建築科1年(当時)の生徒の作品。学校生活の無味乾燥さを告発している。(文中,工ンコーとは先公,つまり教師のこと)

    POEM
         by Shuji Isogai
I go to school in the morning aimlessly.
“Stand up. Good morning. Sit down”
I open the book,and‘enko’begins the lesson.
Nonsense,Nonsense,Nonsense.
I listen to this nonsense lesson.
Other students think the lesson non‐sense,too.
I Iisten to this nonsense lesson
Six times a day!
Then Igo back home,
And watch teIevision
And sleep
My routine ends.

もう一篇だけ紹介しよう。これは,体操部のキャプテンをしたり,生徒会役員もやったりして,環境工学科l年(当時)の中でも,人気のある生徒の作品。あふれる愛する気持ちがひたひたと伝わってくるのでは。彼は「小さな恋の物語」のファンで,詩集の表紙とか中にも,一杯マンガを描いてくれた。

   Love
        by Ryoji Morita
What is love?
Is it coId,sorrowful and painful?
Iwant to love
My love is not cold,sorrowful and painful
My love is very hot
My love is very strong
So let’s love
And walk from tomorrow!

 それにしても,詩的自己表現をさせた場合ベーパーテストで良い点をとる生徒より,むしろ中位以下の生徒が,時にハッとするような,時にキラリと光る英詩を生みだすのは,何故だろう。

(5)独裁者
 一年生の総まとめとして,何か思い出に残る作品をと願い,取り上げた。その頃,チャップリンの作品がリパイパルされ,私自身彼の人生哲学「働き,食ベ,愛する事」には心惹かれていたので,最後の演説の部分を学習した。一介の床屋が,間違われて壇上に立ち,とまどいながらも,心の底からファシズムを呪い,人類の平等,平和を願う言葉を叫ぶ一一少なくともその雰囲気は伝わったようだ。
 ただ,英文は一年生にとって,かなり歯こたえがあり過ぎたらしい。高校一年の段階では,自然認識を深めるもの,二年ては自己(人間)認識を,三年では社会認識を,といった教材が生徒の精神発達上,適当なのかも知れない。

(6)尾瀬の白然保護運動
 ここから(9)までは二年生対象の実践。環境工学という,公害防止管理者養成グラスの生徒たちにと思い,英字新聞から,尾瀬の環境保護に身を投じ,運動なかぱにして死んだ乎野長靖氏,その夫人紀子さんの近況を伝える記事を教材化した。所は違えど,みちのくの八幡平湿原に旅行した際に写した高山植物のスライドを見せ,自然の美しさを紹介した。
 ほかに授業では,長靖さんが,遭難前夜口ずさんていたというデュブラの歌「いつかある日,山で死んだら一一」を合唱したり,テストでは,skunk cabbage(水芭蕉)の絵を描くような設問も加えた。記事の一部を紹介すると,

A DRIVE TO PRESERVE NATURE−Widow Carrying Out Husband’s Wish一The Oze marsh on the borders of Fukushima and Gumma prefecture,about l40 kilometers northwest of Tokyo,now welcomes visitors with skunk cabbages blooming in profusion.

Noriko Hirano,who runs a mountain inn near the marsh,is very busy not only at her main business but also in her campaign to preserve the beautifuI nature of the area,designated as part of Nikko National Park.

The campaign is the will of her late husband,Chosei Hirano,who died on a nearby snow‐covered path two years ago,while engaged in the fight to stop the destruction of nature's beauty. Only 36,he froze to death as he collpsed on the road from excessive fatigue on his way to attend a meeting of the“Society to Protect Oze”in Tokyo.

(7)エデンの東
 淀んだり飛んだりする,なまの現代米語に触れると同時に,親子の愛と憎しみ,人間の善ど悪,自由意志の問題を一緒に考えてみようと,「エデンの東」を映画のシナリオから教材に仕立てあげた。テーマ音楽をパッグに,荒筋は女生徒に録音を依頼。プリントは左側に本文,右側に熟語,単語,設問などを加え,学習の助けとした。満天の星空のもと,アブラがジェームス・ディーンふんするキャルにうちあける科白などは,しんみり味わってほしかった。

Abra: Aron never having had a mother,well,he's made her everything good that he can think of and,and that's what he thinks I am.And that 's who he's in love with.It's not me at all.'Cause I'm not a bit like that made up one,not a bit.

<テストで主題と感想を聞いてみた>
・人は愛に傷つき,愛にいやされる。(内藤)
・キャルはひねくれ者だが,やっぱり両親の愛が欲しい。だから愛を得るために色々な事をやっていく。(宮崎)
・お母さんを訪ねてゆく少年がかわいそうだと思った。悪い親だ。アブラのセリフが印象に残った。(平岩)

(8)奈良への旅
 新任の頃,旅の話をよくしたので,それ以来,旅行コンサルタントにされてしまった。単なる物見遊山ではなく,日本の歴史,仏教芸術などの文化遺産への理解を深めてもらいたいと,大和は国のまほろぱ,と言われる奈良を選ぴ,手製のスラィドにあわせ,英文のダイヤログを作り,友人の協力を得て吹きこんだ。所々,美術部の生徒に,仏像やお寺のカットを描いてもらった。

(いかるがの里,中宮寺での会話:)
A:I left there early in the morning and took a bus to Ikaruga‐no‐sato.‘It took about an hour.
B:It seems that this is Temple Chugu-ji.
A:That’s right.
B:I have been there,too.And Iwas impressed by Nyoirin Kannon.
A:The old man on the screen told me that the Kannon is one of the greatest works in Japanese art,and its beauty is often compared to Mona Lisa's gentle smile.
B:You must be fascinated by her beauty.

(西の京,薬師寺と唐招提寺での会話:)
A:I went way up north to Nishino‐kyo;Temple Yakushi-ji and Temple Toshodai‐ji.
B:If my memory is right,Yakushi‐ji was founded by Emperor Temmu in 680A.D. As you know,“Yakushi”means a Buddha of Healing. People worshiped this image to recover from illness.Anyway,the three‐storied pagoda is beautiful,isn’t it?
A:Just great!Well,after ten minutes’walk,I got to Temple Toshodai-ji. Do you know for whom this temple was made?
B:Yes,I do.This old temple was built for Chinese priest Ganjin,who came to Japan to teach Buddhism.He failed to land on Japan many times,but he finally reached Heijyo‐kyo when he was at the age of sixty‐seven with his eyes blind.
A:I believe he was a strong‐minded monk.

 これを機に奈良までパイクに乗って行ってきた生徒もあらわれ,私自身新聞部の生徒を連れて,奈良・飛烏へ取材旅行に行ったりもした。

(9)ロメオとジュリエット
 若者の愛の結晶とも言えるこの作品。映画のシナリオと,サウンドトラックを入手したので,三時間かけて学習した。エリザベス朝の風古な英文なので,生徒にこまごまと訳させる事はやめ,こちらが簡単な説明を加えながら,ともかくテープを聴かせた。言葉の抑揚,息づかいから感情や場面がありありと感じとられ,また美しい昔楽がはいっていたりして,効果満点の生きた教材だ。パルコニーでの別れ,その有名なセリフは暗誦させ,テストにも出題した。

"Good night,good night!parting is such sweet sorrow,that I shall say good night till it be morrow."

(l0)週刊英語新聞の発行
 ある中学の先生が発行されているのに触発され,昨年度から実施している。題してENGLISH FOR YOU。内容は英詩,歌,クイズ,時事英文,教科書の補充,生徒の作品など。今年度はあらたに,NHKの『続基礎英語』をとり入れ,一課分を毎週載せ,l5分位使って授業中に練習し,次の時間に2人組みで暗誦を課した。中学英語の復習と,まるごと英文そのものを覚える練も兼ねて。
 時々,うまい言い回しが使われ,教師も勉強になる。先日も,殆んど泳げない,金づちだ,という日本文に相当する英語として,I can swim almost like a rock.なんて表現が出て来た。応用して逆に,I can swim like a fish.と自慢そうに英語で言えぱ,Oh,really?なんて返事が生徒から返ってきたりする。
 学力の低い生徒が,苦労しながらもダイアログ暗誦に成功した時には,教室かシーンとなったし,感情こめてうまくやった生徒には,拍手が起こったりで、教科書の訳読式授業の時よりも,活気がある。
 その他,ビートルズをはじめ,英語の歌を聴きたいという要望が生徒の中に根強い。先日,マイウェイを聴いた時には,こちらが何の指示をしないのに,歌詞を日本語訳して,新聞の行間に書いた生徒を見つけて,報われたような気がした。生徒の学習意欲をはぐくむ事こそ,教師の任務なのだから。
 第l2号には,アルファベットの起源を載せた。資料はThe New Book of Knowledgeの中のalphabetの項より引用。これは私にとっても新発見だった。単なる記号だとぱかり思っていたアルファベットが,実はその歴史をフェニキア文字までさかのぽると,たとえぱ,Aは牛の顔,Rは人間の頭の形,Qは猿の象形だと判る。ちゃんとした文化的歴史が,そこにあったのだ。

アルファベットの歴史
フェニキア起源のアルファベット、その元は人間、動物などの象形だったんです…

 そう言えぱ,「牛」という漢字の由来も顔の象形なのだから面白い。漢字とアルファベットが同じ動物の象形だったとは!ついでに,牛へんに「士」で牡だし,「ヒ」で牝と読むが,そもそも士やヒは,それぞれの性のシンポルを象形化したものだ,などと白状するのは,教師という「聖職」をけがすだろうか。

 漢字学者の藤堂明保氏によれぱ,「士」は男性性器のすっくと立つ姿を描いた字(横画の一は装飾的にあとで付けられたもの)で,もともと「立つもの」という基本義を有していたとか。だから,立ってサービスする人の事を給仕と書くのだ。また,「ヒ」はふた股に割れた女性性器の特徴をとらえたもので,狭い隙間を残して,両側からしめつける,ふたつのものが密着するという基本義を持つとか。比肩とはふたつ並ぺるから「比」と書くのだ。なんと漢字とは,おおらかで人間的なのだろう。
 脱線のついでに,penisの語根は pen=突起したもの,ぶらぶらするもの,という基本義を説明すれぱ,peninsula,pendant,pencil,pendulum,appendicitisなど,いわずもがな,意味はおのずから明らかになるだろう。たまには,こんな原始の人間の心に触れるような脱線があってもいいのではないか。エロスをいやしめたもうことなかれ!

まとめ一一不易流行の英語教育を

 以上,あれこれ「盲蛇に怖じず」式にやってきた試みを,心に浮かぶまま綴ってみた。こうしてベンをとっていると,その時々の授業風景,生徒の顔が想い浮かび,懐しささえ胸にこみあげてくる。この三年間,新米の自分をここまで育ててくれたのは,生徒だった一一そんな感慨を抱く。

 企業の実用主義的な要請,文部省の技術主義的な姿勢,ハンランするもうけ主義的英語教育産業と,現在の英語教育界はさながら春秋戦国時代だ。今こそ不易流行の英語教育がもとめられるべきだろう。「楽しかった」という声に励まされ,「でも英語の力が余りつかなかった」という厳しい批判も身に受け,これからも自分なりの授業を生徒とともに創ってゆきたい。

 そして,何にもまして,白分自身の英文感党を磨きたい。英語に対する霊感(零感じゃ心もとない),あるいは実感を,せめてその半分の語感(五貫?)ぐらいは持ちたいものだ。学んでいて,しぱしぱ,さいの河原に石を積んでいるような気分に陥る事がある。でも,教える者こそ学ぶ者とは真実のはず。英語の真髄一一そのエトスとロゴスとパトス一一を感受できるように努力したいものだ。そこには芭蕉が俳句を求め,棟方志功か天心らんまんに板画を彫り統けた道と,つながるものがあるだろう。

おわりに一一私の夢

 英語をこよなく愛し(女性の次にではあるが),いつの日にか柳田民俗学の成果とか,新美南吉の童話などの英文化をしてみたいものだ。また,英語を学ぺば学ぶほど,たおやかな日本文化へ回帰する心も強い。日本語の起源,漢字の歴史,神話の比較など興味は尽きない。

 それに,四月から始めたフランス語とドイツ語のテレビ講座も続けたい。新しい言葉を知るのは,恋人に逢う時のようにワクワクし,心満たされるものだから。たとえ,失敗してもいい。やろうやろうと思いながら,実行できなかったという悔いよりも,馬鹿なことをやってしまったという悔いの方が,自分には,みあっているのだから。

 「一粒の麦死なずぱ」のことわざのように、誰かがこの私から栄養を吸収し,またその人自身を育てていってくれたらそれでいい。私がそうであったように・・・。わたしたちの人生は日々新しいものに出会い,そして別れてこそ彩りを増し,のびやかなものになるのだろう。だから,永遠の中のほんのひとかけらの存在で充分,やがて,老年になった時,こうへッセのように呟きたいものだ。

 『人は年をとると青年時代より満足している。だが,それだからといって私は,青年時代をとかめようとは思わない。なぜなら,青春はすべての夢の中で輝かしい歌のようにひびいて来,青春が現実であった時よりも今は一段と清純な調子でひびくのだから。』
                  (愛知県立碧南工業高校)


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