小咄

其の一



「”Quo Vadis”」

「は?」
何を言っとるんだこいつは---という表情をありありと顔に貼り付けた州光を見、ブライアン・フューリーは世にも珍しい物を拝んでしまったなどと些かズレた事を考えた。
なにしろ目の前のこの”クノイチ”、常の無表情さにおいてはレプリカントである己と良い勝負で。 以前面と向かってそう指摘したブライアンは、”ココロにヤイバを突き立てると書いてシノビという漢字は成立しているのだよって感情ダダ漏れのシノビなどシノビではないそんなことも解らないとは実に嘆かわしいというか馬鹿か貴様は”とワンブレスの元に切り捨てられた事がある。”そんなジャパニーズキャラクターの成り立ちなんぞ俺が知るわけないだろう”という至極真っ当な抗議など綺麗サッパリ黙殺された。

それはともかく、

「いや、だから、俺の再起動(リスタート)のパスワード」

聞いてなかったのかよ俺の話?と片眉をあげてみせれば、らしからぬ表情を浮かべている自覚もないだろうままに固まっていた州光がゆっくりと口を開く。

「巫山戯るのも大概にしろよ」
「それは俺もアベルに言った」

予想に違わぬ反応にブライアンはフッと口の端だけでシニカルに笑い、


そして暴走した。

「大体奴ら科学者連中の間じゃとっくに「神は死んだ」んだろ。信じてもいないもんの行方なんぞ問うてどうするってんだよ、なあ?意味わかんねッ!それともあれか。機械仕掛けの神とかいう、えーと、なんだアレだホラ。デウス・エクス・なんとかってやつか。違うよな違うだろ。彼奴等自分が造物主気取りだもんな。被創造物を神に見立てるなんてこと闘神が逆立ちしたってある筈ないよな。そう思うだろう?寧ろ彼奴等と俺達の関係なんてのはさぁ、いってみれば陶芸家と作品なわけよ。量産して十把一絡げに叩き売ってみたり気に入らなかったら叩き割ってみたり、千歩譲って譬え愛着を持ったとしても茶碗の心情まで慮るような作り手はいやしねェよな。ああそうか、それともこれはアベルからそんな俺へのアイロニーか。フハハハハ、だとしたら笑えないジョークだよな糞科学者がワハハハハ」

思うに。

Dr.アベルの元に居た時は周りには物言わぬ機械しかおらず。
スタンドアローンとなってからもブライアンは戸籍上は既に死者であり、また反倫理色の強いオーバーテクノロジー的存在であるが故に社会に出て他者に心境を語ることも出来ず。
吉光はDr.ボスコノビッチ(レプリカントとしての”ブライアン・フューリー”を作ったアベルとは別人であるが、彼にとってはサイエンティストという同一カテゴリでしかない)に恩義を感じているらしいので、訴えたところで無駄だと諦め。
そんなこんなで改造されて以来散々溜まっていた鬱屈が、州光という中立的存在を見出したことにより一気に噴出したといったところだろう・・・。

そこまで至極冷静に判断した州光は、上体を仰け反らせながら馬鹿笑いをしたかと思えば 次の瞬間には床に泣き転びながら

どうせ俺は茶碗だよ!

と吼えるブライアンに対し、

「・・・造物主を恨むのはフランケンシュタインの怪物の特権だぞ」

一言呟くのが精一杯だった。



かみよいずこに。 この場合の「機械仕掛けの神」はSF用語の方で。






其の二


回線を繋げるぞ、と告げられて、そうして視界が開けた。

人の目ほどに情報処理能力に優れていない機械の目には、代わりに色々と機能を付けられた。 インフラレッドサーモグラフだのナイトスコープだの。構造はサッパリ理解できないが、使える物は有り難く使うことにしている。 サイトスコープ越しでない世界を最後に見たのはいつだったか。 元が死体なので仕方がないといえばまあそうだ。
記憶の中の感覚を再生する。
氷は冷たいモノ、火は熱いモノ・・・。
二度と生きた感覚としては受け取ることの叶わないそれら。

何度か視覚の機能を切り替えてみてから通常モードに戻す。
意識を周囲に戻し、漸く傍らに控える狐に気が付いた。
赤い髪色。篝火の色だ。

薄らぼんやりと、ただ引き寄せられる様に、狐の髪に手を滑らせる。
その髪が示す色ほどの熱を持たないことに失望し、
シャットダウン前と変わらない温度差に安堵した。
狐は自分をただ胡乱げに見遣ったのみで何も言わない。
そのまま髪と同じ色をした眼球を舐めてみた。

「熱くないな」
「当たり前だろう」

ボスコノビッチという酔狂な男によりこの身に新たに組み込まれた機械は、永久機関というらしい。熱量学的に実現不可能だと言われている所謂「永久機関」---自律して永遠に稼働する機械---と同じ物かどうかは判らないし、興味もないが。

ただ、時折。
永遠に飽きたらどうすればいいのだろうかと考えることがある。

脳裏に過ぎるのは目の前の狐と同じ髪色を持つ男の鮮烈な赤。




俺は、完璧な機械になりたかった。




さもなくば、人のままで。




「機械達の時間」の対。タッグの家庭用おまけのボウリングでの視界とか。


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