万葉集と古代日本



万葉集を読もう
 
「万葉集」の歌を古代韓国語訳で。

 


もう何年か前になりますが、李寧煕(イ・ヨンヒ)という方の『もう一つの万葉集』という本を読んで、目から鱗のおちる思いがしました。
 わたしが高校生の時、確か「枕詞には意味はない。」と習いました。しかし、当時のわたしは
「ふうん。そんなものか。」と思いつつ、「そんなことはないよな。」と漠然と思ったことを覚えています。たった31文字のうち5文字に意味がないとは、と思いつつ、そのままにしてきました。
 しかし、「古典」には、わからないことばかりでした。「なぜ、万葉集の第1首から『雑歌』なのか。」など、解説と称するものが、雲をつかむようで、曖昧なものに感じられたのです。「わからないのが古典」とも思ってきました。
 そんな時、古田武彦『「邪馬台国」はなかった』を読み、感動し、さらに「万葉集が古代韓国語(この場合、新羅・百済・高句麗を意味する)で読める。」という本に出会い、更に感動することとなったのです。
 特に、わたしの好きな持統天皇の「春過ぎて…」の歌ですが、その赤裸々な新解釈を見て、「まさに、そうなのだろう。」と納得できました。「解読不能」の歌や「硬くて、平板」な歌が、生き生きとした歌に甦ったように思いました。
 この「万葉集は、古代韓国語で読める」という考えについては、いろいろ議論が起きているようです。ならば研究者と称する方々は、研究者にふさわしい反論なり、研究を対置するべきだと思います。科学は、そのような論議を通して進歩するのですから。
 わたしは、そんな論議を期待しつつ、しばらく、この「万葉集が古代韓国語で読める」という世界にふけりたいと思います。
 いや、これが真実ならずっとですね。
 以下は、わたしが関心を持ついくつかの歌を
、李寧煕さんが新しく解読された方法で読んだものです。それを、並べてみました。
 

1,雄略天皇      巻一の一

  万葉集巻第一 雑歌  (ジャブ ノレ=権力奪取の歌という意)

 泊瀬朝倉宮御宇天皇代  大泊瀬稚武天皇

    天皇御製歌  興毛興呂毛  (ゴモ ゴロム=貊、支配せり!)

籠毛與   美籠母乳            高麗よ 瑞穂の高麗たちよ (高麗とは貊のこと)

コ ムイ ヨ   ミ コ ム チ

布久思毛與   美夫君志持        復旧よ 瑞穂の復旧たちよ

ボック ソ ムイ ヨ  ミ ボック ソ ムチ
此岳尓  菜採須兒             この丘に 私は先代と並び立ち

イオンドクエ ナ ラ ソ ゴ

家吉閑  名告紗根             ここに家を造り 告げて住もうと思う

イエジルカナ ナ ニョロサネ
虚見津  山跡乃國者            斯廬・弥雛 大和の国は

サロ ミチュ  ヤマト ネ ナラシャ             ※ 虚=斯廬=新羅 見津=弥雛=沸流百済
押奈戸手   吾許曽居           押さえおきて 統治者は私一人である

ヌロノ ハ ソ    ナ オジクイッコ
師吉名倍手  吾己曽座          鎮めねかして 私は自ら位に就く

シ ジュルナベテ  ナ モム ソ アンジャ
我許背齒  告目               私は急ぎ来て 告げる

ナ オ ソ ワ   ニルモ
家呼毛 名雄母                ここに来る 出で来ると

イエ オ モ  ナ オ モ

※ 豊田市の旧地名である「挙母」(コロモ)は、この「興呂毛」(コロモ)と関係有りとすれば、面白いことです。

 

2,弟橘比売命  「古事記」歌謡

 佐泥佐斯 佐賀牟能 袁怒邇 毛由流 肥能

サ  ネ サ シ    サ ガ ム  ヌン        オ ノ ニ      モ ユ ル       ビ ヌン

 鉄造りの城の者たちの 相模(鉄磨)は   攻めてくるだろう 流れ行かず  祈る 

   ジャネ ジャシ  ジャガム

(眠る・お眠りになる)(眠っていく)という祈り

  本那迦邇 多知弓 斗比斯  岐美 波母

         ポ ナ  ガ  ニ    ダ チ デ      ド ビ シ       ギ ミ     バ モ

    帆が進んで行くから 太刀を身につけ 一際お見栄えのする 君を 見ることだろう

 

 

3,作者不詳     巻十二の三0九八 

於能礼故 所罵而居者 駿馬之 面高夫駄尓 乗而応来哉

ヲ   ヌ   レ   ゴ         トヲ  ノリ  デ  イッ ジャ        プサ マル  ジ   ヲモ  ダカ  ブ  タ  ニ          ノリ  デ  タラ  オ  ジェ

だれだ、お前は。 王座狙い、代々するようだ。潰すなかれ!    母と高安、争えり      王座狙い、代々するようだ 

※ 「駿」は、正しくは馬へんに、総の右側の字。

 

 

4,額田王       巻一の九 

莫囂  円隣之  大相七兄  爪謁気  吾瀬 子之 射立為兼 五可新 何本

メホル    ドングルリジ      クン サ  シ  エ     ジョ アル ゲ     オ ラ     ジャッ シ   ソ イッ  ス ニ      オ ガ セ    ヨロ ボン

水郷  廻らせよ   大城に     拝謁せよ   来たれ    城が立ちにけりに    行き来せむ 幾たび

麻具を廻せよ    大股の麻具を識らせよ   来たれ   麻具立ちにけりに     行き来せむ 幾たび(裏読み)

※活字にするのも憚られる内容ですが、この赤裸々な表現(それも裏読み!)に何かしら古代の活力を感じるのです。

 

 

5,倭大后      巻二の一四八

青旗之 木旗能上乎 賀欲布跡羽 目尓者誰視 直尓 不相香裳

ゴラ ギ ネ    ナム ギ  ヌン  ウペヲ       ガ  ヨ   プ  ト  バ       メ  イ  ジャ  スイ シ        ジョ  ギ     プル サン  コ  モ

青がそいつだ! 言い残す  御上を  賀輿   引き留めて   担がせたら すぐ 亡くなられた

                                                        まことに  不憫である

 青=大海人皇子  倭大后とは天智天皇皇后。中大兄皇子によって斬殺された古人大兄皇子の娘。

「一書に曰く、近江天皇、聖躰不予御病急かなる時、大后の奉献る御歌一首」とある。

 

 

6,倭建命     「古事記」歌謡

夜麻登波  久爾能  麻本呂婆

ヤ  マ  テ  バ     ク  ジ ヌン     マン  ボ  ラ  マ

やまたいよ     くじは      みはれ!

多多那豆久  阿袁加岐     夜麻碁母礼流  

 ダ ダ ナ  ドウ ク       ア オン  ガ キ           ヤ  マ ゴル モ  エ  ル

 みな しめて    ぽっかり空いているようにして やま郡にあつまれ

夜麻登  志宇流波斯

 ヤ  マ  テ     ジ ウ  ル  バ シ

 やまたい   ほろばんとする

 

 

7,貊の戦勝歌(「古事記」・「日本書紀」歌謡一)倭における濊、貊の戦い

 夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 

    ヤ  グ   モ  ダ   ト      イ  ドウ  モ   ヤ  ベ  ガ  ギ      ト   マ   ゴ  ミ  ニ

    濊、貊戦い       出雲濊の地 占領す       駐屯兵追いやり

夜弊賀岐都久流 曾能夜弊賀岐袁

                ヤ  ベ  ガ  ギ  ト   グ  ロ           ジュ  ヌ  ヤ  ベ  ガ   ギ  エ

              濊の地占領す  勝鬨挙げよ   我ら、 濊の地占領す!

                                                    「古事記」歌謡一

(大意)

 濊と貊が戦争して、濊の地であった出雲を勝ち取った。駐屯軍も殲滅した。

            勝ち鬨をどっとあげよ。我々は濊平野を勝ち取ったのだ!
?はさんずいに「歳」と書き、「ヱェ」と発音する字です。古代日本を形成した有力な人々。「八」で表されるといいます。

 

 

8,中皇命       巻一の十  

 題詞「中皇命、紀の温泉に往しし時の御歌」 (紀の温泉とは、白浜温泉のこと。)

君之歯母 吾代毛所知哉 磐代乃 岡之草根乎 去来結手名

グム  ガ   チ   モ      ナ  デ  モ   トヲ  ジ  ジェ       イパ デン  ネ      オカ  ガ  セ   ネ  オ         ガ   ロ  メツ  デ  ナ 

   四                六                 四       六             六  (韻律)

ひびわれたので    やたら動くと           言ったでしょう                  伽耶の者は

    つぶされる           叩かれる                どう抜け出るつもり     もう残っていない

 

 

9,作者不詳       巻一六の三八八七

 天尓有哉 神樂良能 小野尓 茅草苅 草苅  婆可尓 鶉   乎立毛

  アメ ニ  アルジェ    シン ラ  ラ  ヌン    オ ノ ニ      ガヤセ ガリ    ガリガリ     バ ガ ニ   ウジュラ     ホヲソヲモ

                                   (苅苅)※本来、こちらであったと考えられる。

(古代韓国語に基づく訳)

お上よ!知っておけ 新羅らは   やってくるよ。    伽耶の鉄太刀  刀刀を  打ち込むから   城砦   立てても無駄さ。

 

 

10,中大兄皇子                巻一の一五 

渡津海乃 豊旗雲尓  伊理比弥之 今夜乃月夜  清明己曾   『大系』

バダ チ  ミ  ネ  ドンヨ ギ  ウ  ニ  イ  リ ヒ ゙ ミ  ジ   イジャ ヤ ネ  ドク ヤ   マル バク コ ジュ

海人、  動く。    同盟傾きて、   伊理斬り出せ       今こそ 我聳え      頂占めむ。

渡津海乃 豊旗雲尓 伊理 比紗之  今夜  乃月夜 清 明 己曾 『全集』

バダ チ  ミ  ネ   ドンヨ ギ ウ  ニ  イ リ  ビ  サ  ジ   イジャヤ    ネ ドク ヤ   マル  バク  コ  ジュ

海人、  動く。    同盟傾きて、   伊理斬り出せ         今こそ   我聳え      頂占めむ。

伊理=入鹿のこと                            バクコ=跋扈(ばっこ)

比祢之=ビネジ=斬り出そう  比弥之=ビミジ=「斬り事」動く   比紗之=ビサジ=斬られたりする

※ 「明己」で「バクコ」というのだそうです。「跋扈」は「バッコ」といいますが、「ばっこ」が「頂占める」とすれば、意味は同じですね。

  ブランコで「ギッタン、バッコ(ン)」といいますが、これも意味があるのでは。

 

 

                        

11,大伴家持     巻二十の四五一六(「万葉集」最後の歌)

新しき 年の始の 初春の 今日降る雪の いやしけ よごと(吉事)

                  ケ フ フ ル ユキ ノ

と読んできましたが、裏読み(本当の読み)があるのです。

新年 乃始乃 波都 波流能 家布敷流 由伎能  伊夜之家 余其騰 

サラ ドウジ  ネ   シ   ネ      バ ト       バ  ル  ヌン    ヤ   ポ  ブ ル       ユ  キ  ヌン      イ  ヤ   ジ  ケ      ヨ  グ ドウ

新羅 征討の旨       防御    正す(固め)             武具は       続けて作れ

      お出しになられる               矢降り浴びせよう                        夜を徹して

 

 

12,持統天皇        巻二の二十八

春 過而 夏 来 良之 白妙能  衣 乾 有  天 之  香来山

ボム   ジナ イ   ヌヨルム   オル   ラン ガ      サロ ダペ ヌン    ゴロム  ブシ  アル       ジアビ   ガ      ヒャン ゴル メ

春が  すぎて  夏が やってくるのでしょう 白い肌着の(新羅との) 衣の紐をほどく  あなたがかぐわしい

(繋がりを開く)

(本来の訳)

春が過ぎて 夏がやってくるのでしょうか。

           白い肌着の 衣の紐をおほどきになる 貴方から 新緑の香りが匂います。

 「ようやく私たちの時代がやってくるのだろうか。新羅とのつながりをほどくあの人が香しいので。」

 

 

13,柿本人麻呂         巻一の四八                           

 東野炎立所見而 反見為者  月 西渡 

 セ  ビョク ピョル セ  ダ   ポ  イ      パン ギョ  ハ  ジャ       アラソ  ガ    ネ (新訳)

(本来の意味)

  夜明けの星をかぞえていたら 明け空に 草壁の皇子のお姿が

          ああ、うれしいなと思っていると   皇子は、私の方を見てうなずかれ、そして、消えていかれた

 殯(もがり)の歌、「万葉集」に、この歌は「軽皇子宿安騎野時、柿本朝臣人麻呂歌」とあり、

167首の短歌には、関連するものとして「刺竹之皇子宮人帰辺不知尓為」とある。

「刺竹之皇子」とは、刺し殺されてうち捨てられた皇子」という意味があるという。

やはり、草壁皇子は暗殺されたのでしょうか。

草壁皇子に人一倍強い思いを抱いていた柿本人麻呂は、後に徹底した反持統となり、最後には処刑されています。

 

 

14,額田王       万葉集巻二の一五一(「怕ろしきものの歌」の題がある歌)

如是有刀 予知勢婆 大御船 泊之登万里人 標結麻思乎

ガ  チュ  イシ  ド      アレガシ ア  セ  バ       オボ ミ  ベ      パク ジ ドウ マル リ ニ        チメ  メ   マ  シ   オ

だしぬけです!  やりなおしたい     親斬り       刺しも   止められるから しめ 結い なさるな

(しめゆ)

(今までは)             

 かからむと   かねて知りせば    大御船          泊てし泊まりに         標結はましを

(これでは、意味不明です。)

 

 

15,高市皇子

 三諸之神之神須疑巳具耳矣自得監乍共不寝夜叙多

○この歌は、十市皇女の冥福を祈るために巳の刻の儀式に詠まれた。

三諸之  神之神  須疑巳具耳矣自  得見監乍  共  不寝夜叙多

ミ  モロ  ジ     ガム シ  ガム       ス ギ ペアム グ ニ    ウイ ジャ    ドク  ミ  ガム サ       ギョオン    アニ  シム  ヨ  ソ  ダ

お墓の土が涸いています。

         行かれるのですね(済州島方言)

                        すぐにまたお会いできるよう(スギ=「直ぐ」の語源)

                                       お祈りしましょう

                                               毒を飲ませ      とうとう   行かせてしまいました。

三諸之 神之神  須疑巳具耳矣自  得見監乍  共  不寝夜叙多

ミ  モロ  ジ ガム シ  ガム          ス  ギ  ミ   グ  ニ    ウイ ジャ      ドク ミ  ガム  サ      ギョオン     ブル シム  ヨ  ソ  ダ

「水」(天武)を追いやりましょう

          一緒に行動されるのですね。

                      すぐ撃滅できるよう

                                 お祈りしましょう   毒を飲ませ     とうとう    「火」をつけてしまった

 

 

 

16,舎人吉年(舎人のギルニョン)    巻二の一五二 天皇大殯之時歌二

 八隅知之 吾期大王乃 大御船 待可 将 恋 四賀乃辛埼

  エエ シム アルジ       ア  ゴ  オボ グミ ネ      オボ ミ  ベ     マジュ ガ    マジャ ゴバ    シ   ガ  ネ   カラサキ

   八島知る      若者 大君たち      父親    お迎え   続けて刺し 早々に行く 唐の手先

  八島(日本)は知っていますよ  若き大君らが  親御様を斬り、お迎えの者も続けて刺し

                                 早々に行かれたのを  唐の手先であるのを。

 

 

17,作者不詳      巻十二の三一六六

 吾妹児乎 外耳哉 将見  越解乃 子難解乃 嶋楢名国

  バギ モゴ  オ     バッギイジェ   マジャパ       ゴジゲネ         アゴヲル ゲネ        ソマ ナラ  メングン

 その意味は、

  側室の子か 誰かが化けたのか       刀出し    息子が親を破る    

                  よくみよく見る                           島国を作った名君なのに

 

 

18,雄略天皇

 暮 去者 小椋山尓   臥鹿之  今夜者 不鳴  寝家良霜

 ジョムロ ガジャ    ソ  リャ  メ  イ           ヌプンシカ  ガ     グム ヤ  ジャ   ブルミョン       シイ ガ  ラ  ソリ

 その意味は、

   夕闇せまり  「休めよ」(射ようか)山に  臥す鹿が   今宵は    鳴かぬ    寝よというらし

 大意は、

  夕方になって、「休めよ」(射ようか)山の小椋山で 

             いつも私を狙っていた「鹿」が、今宵は声もない。

                        それも、そのはずだ。私の手にかかって死んだのであるから。

                                   ああ、今夜こそぐっすり休めと、この静けさが私に語りかける。

 

 

19,作者不詳                 巻16の3889

 人魂乃佐 青有君之 但独   相有之雨夜 葉非左思 所念   

ビト ホン ネ  ジャ   アオアラ  グミガ     ダダビトリ      アビアラ ガ  ビ ヤ      イプ ビ チャ サ       トヲ ヨヲメ

  「人」ひどいめにあわせよう

            「青」と息子が仲違い 

                          みんながみんなへそまがり

                                      親父を息子が斬るのだと

                                                     言い漏らしている

                                                                   用心せよ

 

 

20,但馬皇女   巻二の一一六

 人事乎 繁美 許知 痛美 己 世尓 未 渡 朝川 渡

    ビト  ジ  オ     バ  ミ        オ   チ      イタ  ミ    イミ     セ    ニ     イミ     ガネ    アサ  ネ     ガネ

  日の出よ     夜は    いかに   継ぐるよ すでに 夜が明ける 君が行く  奪い取って 行く

 

 

21,持統天皇    巻二の一六0

 燃火物 取而裏而  福路 庭 入澄 不  言八面  智男雲

  ヨン ブル  マン     ドウ  リ   サ   イ       ブク ジル   ニバ    ドウ  リジ   ブル   ゴト ヱエ  モ       チ  サナ  クモ

   念仏ばかり   上げていたので    戦争    庭に 入れた    戦火  収め行け   王が  荒々しい

  お経ばかりめぐらしていたので  戦いを家の中に引き入れたのです。

                                             戦火を収めて去らせましょう

                                                            王が荒々しいようです。

※この王とは高市皇子のことであろう。天武を批判し、冷静に対応することを決意しています。

これが、天武天皇の葬式の歌とは驚かされます。

天武を見限り、新しい情勢に対応しようと側近の者にメッセージを送っているのです。

持統天皇とは、なんという人物でしょう。

 

 

22,大津皇子の歌   巻二の一○七

足日木乃 山之四   付二    妹待跡吾  立所沾   山之四   附二

アシ  ビ ゲ ネ    サン  ガ  サ      チュグ ニ       メ  マジュデ ヲ       ダンチ ト テ       サン  ガ サ     チュグ ニ

長枕が        生ばさみ   行かせんとす   ほとをあわせよ  ほてりまら吹き出る  生ばさみ   行かせんとす

 

姫枕が    メ=山 ガシ=端(山辺)         妹=持統

(持統が)アシ=高貴な ビゲ=枕                     待跡=対峙する

               メ  ガ  シ     ブトウ ニ(殺そうとする)                                メ  カ ゙シ    チュグ ニ

妹待跡・吾立所占(早く事を起こして下さい)      

イモマジュテ・ヲショ トテ                            

意味は(表向きは)

※          長まくらを腰にあてると、まらはしめつけられ、すぐ行こうとします。

  ほとをしっかりあわせてください。ほてりまらが吹き出そうとします。まらが行こうとするのです。

【裏読み】

 姫枕(持統)、山辺殺さんとす(捕えんとす)

   女(持統)に差し向かい  早々に事起こせ  (持統が)山辺殺さんとす(捕えんとす)

 

 

23,石川郎女奏和歌     巻二の一0八

 吾乎待跡  君之沾計武 足日木能 山之四附二 成益物乎

 ナ  オ マジュ デ     クン  ガ  セ   バガ ム   アシ   ビ  ゲ  ヌン  サン  ガ   シ  チュゲ ニ   ニル マシ  ムル オ

来たれ  あてあわせ  大鋏を   入れよ   長枕は      生鋏行かせんとす   相立ちてはさまむ

 ナ  オ マジュデ      クン  ガ  セ  バガム    アシ  ビ  ゲ ヌン    メ  ガ  シ  チュゲニ    ニル マシ  ムル オ

出でよ  女に向かい  「大改新」打ち込まれよ 姫枕は      山辺殺さんとす    相立ちて戦かわれよ

     (持統)

 

 

24,長屋王    巻一の七五

 宇治間山 朝風寒之 旅尓師手 衣応  借妹毛 有勿久尓

   ウ   チ   カン  メ      アサ ガセ  チャム ジ       タビ イ     シ  ソ        ゴロ ムン       ガル  メ  ト       アル  マル  グ  イ

御上が逝かれたので  略奪に 耐えよう   全てを 空にしなさい そうすれば  裁くことは    なさらぬだろうから

 

 

25,額田王       巻一の八               『枕詞の秘密』P.242より

 熟田津尓 船乗世武登 月待者 潮毛可奈比沼 今者許芸乞菜

 ニギ タ  シ  ニ   ベ タ セ  モ ドゥ   ドングルデシャ    シポ  ド  ガ  ナ  ビ  ネ     イジェシャ オ ギ キナ ムセ

 誰のせいであろう 船に乗ろうよ皆の者 なだめられ 嫌々ながらも行くとみえる 今こそ漕ぎだそうではないか

(従来訳) 

にきたづに ふなのりせむと つきまてば しほもかなひぬ いまは こぎいでな (万葉がな)

熟田津で船に乗って出発しようと月を待っていると 月も出 潮もちょうどよいぐあいになった。さあ、漕ぎだそう。

 

 

26,石川朝臣広成     巻四の六九六

 家人尓 恋過  目八方 川津鳴 泉之里尓 年之歴去者

  イペ  ビト  ニ      ゴビ  スギ     メ   ヱェ モ      ガッ  パチ ナギ    イッドッミ ガ サトヲ ニ      ドシ  ガ    レ  サラ  バ

                                             イッドッムイガサトヲニ      ドッシ ガ    レ  サラ  バ

  家 傾きて   「子殺し」やらせむと          鍛冶王よ   泉のほとりの鉄場なのだから

                      目(女)失えり           (続け聳えし身の里なり) 良鉄磨きつ生きて行かむか

 

 

27,聖武天皇    巻六の一0三0

 妹尓恋 吾乃松原 見渡者  潮干乃滷尓  多頭鳴渡

  イモ   ニ   ゴビ    アゴ  ネ   ソ   ボル      ボ  バダ バア    シボ  ビ  ネ    ガタ  ニ      ダ  ドオ ナギ バダ

  妹引き入れ、子殺せり                      鉄刀、磨く地まで入れ    すべておくれ!

             あご(子)の鉄野の  砂鉄、貰はむか                  開祖貰はむ

 

 

 

28,志貴皇子    巻八の一四一八  志貴皇子の懽(よろこ)びの御歌

 石激 垂見之 上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨

  イシ パゲシ    スイ   ミ  ジ     ウペ  ネ       サ   ワ   ラ   ビ  ネ          モ  ヨ   ナ  パルル イ       イッル  オ  カモ

 継承潰し  すみやかに押せ  御上らよ  「鉄の子」」着る     集い出で 正体あらわせり  こちらへ来るかも

○     志貴皇子は、この歌を天武のために詠んでいる。「懽(よろこ)び」の歌なのである。志貴皇子は天智の子とされてきたが、これにより天武の子というのが正しいのはないか。





三河東部、特に豊橋近辺に「ぼっくう」という方言があります。
 この「ぼっくう」という言葉は、「やんちゃ」「きかんき」「悪がき」「元気で、手のつけられない子」という意味があるのですが、この言葉の語源は、方言の研究者にお聞きしてもわからないようです。実際、わたしも聞いてみましたが、「わからない。」とのことでした。
 時間は、言葉の語源などすぐに遠い過去の話にしてしまうのでしょう。
 この「ぼっくう」という言葉の語源を、探しているのですが、「万葉集」の古代韓国語読みに「ぼっく」という言葉が出てきます。この双方に関連があるのか、ないのか。まだ、分かりませんが、調べていきたいと思います。「『ぼく』がなまったもの。」などと言わないでくださいね。
 また、最後の「石激」という志貴皇子の歌ですが、今まで「岩ばしる」と読んできました。それは、それでとても良い歌だと思うのですが、「なぜ石が岩なのか。」「激」がなぜ、「ばしる」なのか。気がつけば、疑問ばかりでした。
 これらが、様々な論議を経て、解決される日がくることを期待しています。
 それまでは、この「万葉集の古代韓国語詠み」を楽しみたいと思います。
 (これが、本当の訳だと確信しつつ…。)
 なお、引用が間違っているかもしれませんが、それは引用者の責任です。