|  謡仲間と蔦の道歩きに出向いた。JR藤枝駅から1号線を行くバスに乗る。歩きに不安ある友に配慮し、途中下車せずにトンネルまで乗る。 | 
          
          
               トンネル右側に入る。宇都ノ谷峠に登る東海道登り口を過ごし、なお、山に入る。 
             
             広場があり、子供らの集団がいた。子らは蔦の道登りだろうと思い、なお、奥に入る。紅葉が残る。 
             
             右は明治・大正 時代の土木工事遺産である木和田川砂防堰堤群。オランダ人の作った物という。 | 
          
          
               蔦の道の登り口。 
             
             一服する間に、先ほどの子ども達に追い越される。その後について登り始める。 
             
             坂が直線で急だ。 
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              「猫石」あり。 
             
             江戸時代からあり。猫に見える石という。 | 
          
          
               宇津の峠標高210m。岡部方面の眺め。 
             
             在原業平の歌碑。 
              駿河なる宇津の山辺にうつつにもゆめにも人にあわぬなりけり | 
          
          
              丸子側登り口。 
             
             吐月峰まで、4kmを歩く。 
             
             数十年ぶりの訪問になるので緊張しての案内。 | 
          
          
               吐月峰柴屋寺(とげっぽうさいおくじ) 
             
             連歌師宗長旧跡 月の名所。 
             
             宗長(そうちょう) 私の故郷、島田の人。1448〜1532年 | 
          
          
               自慢の借景の庭。遥か向こうの山まで我が庭という。 
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                     茶室と庭。 | 
                 
                
              丸子の丁子屋。 
                   
                   13時 今日は空いていた。 
                   
                   とろろ汁定食丸子 1440円。 
                   
                   バスに乗り、安倍川の右岸、手越へ。バス立ちん坊、みんな宇都ノ谷峠の帰りという。 | 
           
          
               手越バス停から、少し戻り右に入る。 
                   
                   少将井神社お参り。千手の石像。 
                   
                   バスでJR静岡駅に。最後の将軍慶喜の隠居所に寄ろうと思ったが、バスを降りた時には忘れ行き損ねた。何時もの通り在来線で帰る。 | 
           
                
                  |  能 千手:捕まった重衡の前に現れた、千手。二人が心通わせるのも束の間、夜明けとともに、別れの時はやって来る。 | 
                 
                
            千手:駿河国手越長者の娘。器量が良く、温和な性格の女。源頼朝の官女で北条政子付きの女房にも。 
                      平重衡の世話役となり仲良くなる。 
                      『平家物語』:千手は出家、善光寺に入り重衡を弔っている、とも。また、尼となり、白拍子村(現在の磐田市野箱)で24年の生涯を閉じるまで、重衡の菩提を弔ったという。 | 
           
          
            重衡:清盛の5男。奈良東大寺を焼く。一ノ谷で捕まる。 
                      鎌倉に送られる。源頼朝の持て成しを受けるが、東大寺の要求に、木津川畔にて斬首。奈良坂にある般若寺門前で梟首。 | 
           
          
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