2 秋篠寺 平城京 法華寺 不退寺 徳融寺 誕生寺 高林寺 薬師寺 唐招提寺 西大寺

1994/04/09 作成 2003/06/13

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 秋篠寺の技芸天をお参りする。相変わらずの美女でいらっしゃる。
 成務天皇陵の畔を歩き、平城京跡に出た。まだ、朱雀門はなかった。1998年に出来上がっている。 
 法華寺お参り。十一面観音のある尼寺であが、観音さんは拝めなかったと思う。久しぶりにお参りした。
 不退寺お参り。在原業平が、祖父の平城天皇の住まいだったものを父から貰い、お寺にした。古い落ち着いたお寺だが、修理の必要な建物だった。
 奈良の町の真ん中に藤原豊成とその娘中将姫の謡蹟がある。まず、鳴川町の徳融寺お参り。豊成の屋敷跡と言われる。境内に、2人の墓と言われる石塔があった。
 三棟町の誕生寺お参り。中将姫が生まれた豊成の屋敷がこの辺りに在ったので「誕生寺」と呼ばれ、ここの井戸で産湯を使ったと云われている。中将姫法如尼座像、二十五菩薩像を安置しているが、それらの像の仕草は大変かわいいそうだ。中将姫に因んだ霊地ゆえ、もちろん尼寺。中将姫産湯の井もあるようだ。

 中将姫は才能が世に知れ、9歳の時に、女帝孝謙天皇から三位中将の位を賜ったが、14歳の時に継母によって奈良県宇陀郡菟田野(うたの)の雲雀山(青蓮寺)へ捨てられ、後に狩りに来た父と再会し帰宅する。 謡曲「雲雀山」にもなっている。

 井上町の高林寺お参り。此処も尼寺。豊成と姫の木像があるそうだ。中将姫の出る謡曲は、「当麻」「雲雀山」の2曲である。
 西の京の薬師寺お参り。金堂、東西の塔があった。講堂は全然なし。
 唐招提寺お参り。桜が盛り。
 西大寺お参り。謡曲「百万」の話の発端。ワキが「これに渡り候幼き人は南都西大寺の辺りにて拾ひ申して候」とあり、クセに「西の大寺の柳蔭みどり子の行方白露の置き別れて、いづちとも知らず失せにけり」とある。古今集に「西大寺のほとりの柳をよめる」として遍照の歌があるので、昔から柳は名所だった。今は「百万古柳」である。
 

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