1991/12/08 作成 2003/05/08
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尾張の熱田神宮をお参り。 草薙の剣が神様である。勿論、天照大神、素盞鳴尊(すさのうのみこと)、日本武尊、宮簀媛(みやずひめ)を祭る大きな神社。 |
この一隅に、上知我麻(かみちかま)神社があるが、これは宮簀媛の父親である、乎止與命(おとよのみこと)を祭っている。この社の脇に、大国主社(おおくにぬししゃ・大黒様)事代主社(ことしろぬししゃ・恵比寿様)を祭っているので、広く「えびすさま」とも呼ばれている。 境内に信長が寄進した信長塀がある。土と石灰を油で練り固め瓦を積み重ねたものだ。 |
熱田神宮と熱田の七里の渡しとの中程に景清社がある。目の神様として、地元の皆さんが面倒を見ている。景清は、熱田宮司との縁があり、ここに滞在したとの事。大府の常福寺も同じような縁だろう。 |
源頼朝は義朝と熱田宮司の娘との子であり、熱田で育った。産湯の井戸もあった。 |
頼朝の兄弟と母親 義平 遠江橋本遊女 朝長 美濃青墓の女 頼朝 熱田宮司の女 義門 ? 希義 熱田宮司の女 範頼 遠江池田遊女 全成 常磐 義円 同上 義経 同上 義経は九番目で九郎判官。 昔の力のある人物は、港港に女があり、子を作った。その土地の人達も、積極的に子を作らせた。 七里の渡しはを模して公園にしてあった。現在は埋め立てが進んでいるので、実際はもっと内陸だったと思われる。 |
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