4 静岡 御穂神社 三保の松 梅蔭寺 高源寺 梶原景時墓 梶原山

1991/11/03 作成 2003/05/07

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 三保の松原に、羽衣の松を尋ねた。景色は抜群。晴れていれば、海と富士山、松原のバランスのとれた景色が広がる。子供の時から、何度見ただろう、お気に入りの場所である。

 御穂神社お参り。天女の笛、羽衣の切れ端が宝物として伝えられているそうだ。

 清水市の町の中にある梅蔭寺に清水の次郎長の墓がある。お参りする。

 墓は、大政、小政等と同じコーナーに柵に囲まれてあった。柵は墓石を持ち去る人対策らしい。売店で、次郎長の墓石の石をお守りとして売っていた。人気があるようだ。

 次郎長は、明治になってからは、開墾したりして、天寿を全うした。

 清水市高橋の高源寺お参り。源頼朝の家来の梶原景時等一族のお寺。頼朝の子頼家と旨くいかず、西国の領地に赴くため、ここまで来るまでに半分になり、ここで地元の武士に襲われ、、一族全員自害した。鎌倉は、この後、急速に北条氏に移り、引き続き殺し合いが続くことになる。

 お墓群の一角に、供養碑があり。表に「不盡乾坤燈外燈 龍没」、側面に「三拾三人是也」とあり、

 唐の詩人杜牧の詩「無辺風月眼中眼。不盡乾坤燈外燈。柳暗花明十萬戸。敲門処々有人膺。」の一節。

 意味は、「悠久な日月の光に供養されて、龍のような英雄が眠る。梶原景時だけでなく三拾三人の勇士は皆そうだ」との事。地元では、慕われていたことになる。

 梶原堂には、梶原山にあったお墓を移したというお墓あり。右から、景時、景季、景高。堂の中は、位牌と仏像のみとの事。

 梶原山。

 

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