6 三重 伊勢神宮内宮 竹神社 斎宮 忠盛塚 伊勢平氏発祥地 阿漕塚 伊勢神宮内宮外宮 久昌寺 四天王寺景清鎧掛松 景清遺跡 1994/09/24 作成 2003/06/25
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ここを流れる五十鈴川は、御裳濯(みもすそ)川とも言う。謡曲「御裳濯」があるが、今は金春流のみ。御裳濯川は、「大原御幸」「第六天」「國栖」「絵馬」「金札」に出てくる。 |
謡曲「野宮」で、六条御息所が姫の斎宮について伊勢へ行ったことなどを扱っている。六条御息所は光源氏の女で凄い女。 |
神宮の御用禁漁区で、密漁した漁師がついに見つかり簀巻きにされ殺された。後に尋ねて来た僧が、そこの漁師に聞くとその謂われを話し、回向を頼まれ、回向すると漁師の霊が出てきていろいろ話し、なお、回向を頼み消え失せる。 西行が、止ん事無き女に、通い詰めた時、「阿漕なるぞ」とたしなめられた。「隠し事も積み重なれば、ばれるぞ」の意味。 |
1996.3.17 伊勢神宮内宮外宮をお参りした。 |
1997.1.19 伊勢の知盛山久昌寺を尋ねた。 |
1998.1.2 伊勢街道を歩いている時、津市の四天王寺境内に景清鎧掛松の石碑を見つけた。 |
境内に平景清鎧掛松の石碑あり。景清は藤原秀郷(ひでさと 俵藤太とも言う)の子孫で伊勢の住人だったと言う。 |
2000.11.4 桑名市志知にて、景清遺跡の石碑を見つける。 |
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