33 嵐山 車折神社 大覚寺 広沢池 千代の古道 壬生寺 島原   京都

18km    2009/03/29

西行・一休など    京都奈良


 

 今年の早めの桜を見ようと、出かけた。嵯峨嵐山へ。

 春の青春18キップの期間なので、込むこと覚悟で出かけた。座るために、JR岡崎駅から乗った。6:30発。6両編成。

 名古屋からは、立ちん坊が出た。

 米原で乗り換え。12両編成。最後の車両まで移動して、ようやく、座った。

 京都から、山陰線へ。

 JR嵯峨嵐山駅 9:40着。

 芹川の竜門(りょうもん)橋(歌詰橋)。天龍寺の東100m。

 つぼの内にほひし花はうつろひて霞ぞ残る春のしるしに

 西行が、ここの酒屋で、歌を読みあっていたが、この歌の返歌に詰まったという。歌詰橋といわれたが、その後、天龍寺が出来た後、竜門橋というようになったそうだ。

 初めて、気がついた。

 10:00 嵐山の渡月橋。
 10:20 車折(くるまざき)神社お参り。

 いろんな桜があると聞いていたが、渓仙桜のみ。

 もう咲き終わったという。

 

 渓仙(けいせん)桜。

 この近くに住んだ画家冨田渓仙が、献納した桜。

 大覚寺門前に、「六道の辻」の石碑があった。
 11:20 大覚寺お参り。

 有料拝観だったので、入るのは止めた。大沢池も見られなかった。

 以前は、有料ではなかったと思ったが。

12:00 広沢池。
 千代の古道(ちよのふるみち)。
 平安時代の貴族が北嵯峨に遊行のときに通った道。

 京福電車北野線 常盤・鳴滝あたりから、音戸山(おんどやま)の西側に沿って広沢池(ひろさわのいけ)の東南を結ぶ道。都から大覚寺に通じる小道でもあったという。

 在原行平 嵯峨の山みゆき絶えにし芹川の千代のふる道跡はありけり 後撰集和歌集。

 謡曲 「小督」、「車僧」に、言葉が出てくる。

 京福電車常盤(ときわ)駅から四条大宮駅へ。小綺麗な店があり、昼食を。名前を忘れてしまった。1000円。

 歩いて壬生寺に向かう。

 14:00 壬生寺お参り。
 狂言堂と壬生寺会館。
 新撰組の墓碑。

 ああ新撰組の歌碑。

 壬生官務家墓。

 人丸塚。柿本人麻呂の灰塚という。人丸→火止まるで火除けのご利益があるとのこと。

 近藤勇胸像。
 芦沢鴨らの墓。

 新選組屯所跡の八木邸。

 壬生寺正門北にあり(京都市指定文化財)。公開している。入場料1000円。

 前川邸。

 本日、戸を開けていたが、建物内は公開なし。

 常は閉めているらしい。

 1kmほど、南に歩き、島原へ。

 15:00 島原の大門。

 輪違屋(わちがいや)。

 島原の置屋。

 揚屋の角屋(すみや)もあったが、今日は、入らずじまい。

 京駅まで歩く。

 いつもの、ラーメンを食う。650円。値上げしている。

 17時頃の在来線に乗る。座れた。野洲、米原で乗り換え。帰宅21時。

 

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