10 石部 草津 滋賀 14 km 2009/09/09
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平日に、歩きに行ってきました。
JRは、岡崎駅〜草津駅間、ジパング俱楽部の割引。往復6時間を要した。歩いた時間 3時間でした。 東海道線沿線に、ようやく到達です。京都まで、あと2日位。 |
9:50 石部宿の西縄手。
東海道旧道は、生活道路となって残っている。 |
近江富士
、三上山。標高432m。
百足(むかで)山とも言う。俵藤太が大百足を退治したという。 |
中国の瀟湘八景(しょうしょうはっけい)をふまえて、江戸時代、その土地の八景を詠むことが流行り、
ここ栗太(くりた)でも、栗太八景が詠われたという。
栗太八景: 「蓮台寺晩鐘」(下鈎) 「赤坂帰樵」(小野) 「上野夜雨」(林) 「金山暮雪」(伊勢落) 「伊勢落晴嵐」(伊勢落) 「松島秋月」(不明) 「手原行人」(手原) 「砥山夕照」(上砥山) この近くでは、近江八景が有名。 |
10:20 「伊勢落晴嵐(いせおちせいらん)」の詩碑は、地元の方が自宅敷地内に建てた。 石碑は高さ約1・5メートルで、天候が急変した後の霧の晴れ間を詠んだ「伊勢落晴嵐」の漢詩の読み下し文が刻んである。 |
栗東市林の薬師如来堂。 「上野夜雨(かみののやう)」の詩碑。 |
和中散本舗。
栗東市六地蔵(ろくじぞう)の道中薬「和中散(わちゅうさん)」を売っていた大角弥右衛門(おおすみやえもん)の店鋪兼住宅跡。 家康の腹痛を治して有名になったという。 |
六地蔵一里塚。 |
栗東市手原(てはら)の稲荷神社。
「手原行人(てはらこうじん)」の詩碑。 |
11:00 JR手原駅。 |
鈎(まがり)の陣所。
応仁・文明の乱(おうにん・ぶんめいのらん)後の長享・延徳の乱(ちょうきょう・えんとくのらん)の陣 足利将軍義尚が近江の守護六角征伐。 |
足利 義尚(あしかが よしひさ 足利義政、日野富子の子)と土御門天皇との歌。 |
川辺(かわずら)の東海道の交差点 |
11:30 目川(めがわ)一里塚。 |
栗東市岡(おか)の田楽茶屋 古志ま屋の跡、京いせや跡。
もう1軒、元いせや、計3軒あった。 菜飯と田楽で有名になった。 |
12:00 国道1号線と1号線の上を行く草津川、天上川。 |
小汐井水天宮。 |
覚善寺。
門前に道標。右東海道 左中山道の表示。 |
東海道と中山道の 合流点、辻。 |
12:30
草津川。
天上川である。水は流れていなかった。
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草津宿本陣跡。 |
13:00 JR草津駅。 |
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