植物         by male





魔界の夜空に白い月と、巨大な赤い眼球が浮かび上がる。
乳白色の銀河がゆっくりと渦を巻き、青白く煌くプレアデスの乙女達、網膜を焼くほどに白く輝くシリウス、蠍の心臓は血の色に似て。
此処に住む悪魔の眼を借りれば、爆発した星の欠片が生み出す網状星雲の複雑な光のフィラメントや、散光星雲の中の暗黒帯なども見る事が出来るだろう。

魔界の中心部には王宮があり、大魔王サタン45世の玉座と魔力がその栄光を、千億光年の果てまで輝かせている。
整然とした造りの官庁街。豪邸の建ち並ぶヒバリーヒルズ。次元を超えた惑星との貿易港となっているサイドビーチは、巨大な宇宙船の離発着で何時も賑わっている。
そして、深い森と荒地。荒地の向こうには、星の数ほどの罪人を収容しても満杯にならない『地獄』が暗い炎を上げているのが見える。
あの『地獄』でさえ、魔界の一部分に過ぎない。
其れほどまでに、魔界は広大である。

そして、中心部から離れた場所では、貴族たちが領土を巡って争い合い、謀略の限りを尽くす。
時に、部下であった者が主人を殺し領土を乗っ取る事もある。
裏切り、殺戮、略奪。
しかし、それらは罪にあたらない。寧ろ、力こそが正義である魔界に於いて、敗北者を殺し、のし上がる事は正当な行為といえる。
魔界の王座も然り。
だが、サタン1世から現在に至る永遠に近い期間、大魔王一族は敗北した事が無い。

強大な力を持っていると知りながら、それでも魔王に叛旗を翻す者は後を絶たない。

悪魔の性(さが)故に―――




松明の暗い赤は揺らめき、無数の影が躍る。
サバトの時間。
祭壇の上には哀れな生贄が虚ろな瞳を見開いて、永遠の死を覗き込んでいる。
其れを取り囲むのは狂乱の異形。
狼の顔と逞しい人間の男の身体を持った悪魔。梟の頭と狼の胴、蛇の尾を持つ悪魔。くすんだ胴の王冠を付け、ワニに跨る悪魔。顔の左右に牛と馬の顔を持つ悪魔。毒を孕んだ臭気を放つ黒い山羊・・・。
暗い満月の夜空を飛び交う魔女と、吸血蝙蝠の群れ。
其処は、あらゆる邪悪、あらゆる忌むべき存在に満ちて。

悪夢の主催者は祭壇の上に備えられた石の王座に座っていた。
豚の顔をハンマーで叩き潰したような顔。其れに似合う太った身体を豪華な衣装で包んでいる。片手に持っている金メッキの杯には、生贄から搾り取った生血の混じったワイン。

誰もが・・・生贄の腹が割かれ、臓物を撒き散らすのを待っている。
御馳走が配られる事を。

主催者が王座から重い腰を上げ、不明瞭な声で呪いの言葉を言った。
「全てのものに禍(わざわい)あれ!」
取り囲む異形の者たちから歓声が上がる。
「魔界の王に忌まわしき誉あれ!」
主催者は其れを見回し、潰れた顔に満足げな醜い笑みを浮かべた。

歓声は最高潮に達し、生贄の分配を行うよう、黒い司祭に合図を送ろうとしたときだった。
「新しき地獄の王にお目通りを」
捩れた枝の生い茂る木々の間から、蛇の魅惑を備えた声がした。
声の方へ一斉に視線が集まり、同時、感嘆の溜息が漏れた。

暗い松明に照らされて現れたのは、美しい雌の型をしたデーモン族の悪魔。
細くしなやかな身体。
深いスリットの入った黒い光沢のあるドレスから、網目模様の黒いストッキングに包まれた脚線美が覗く。
目映い金糸の髪は肩から背中に流れ、其れを引き立てる黒い羽飾りの帽子は優雅で。
デーモン族特有の白い顔には、目元の赤い文様が紫とのグラデーションを描いて艶かしい。闇を刷いた唇は濡れ、誘うように僅かに開いている。
だが、眼を引くのは見た目だけではない。この悪魔からは、悪魔であっても逆らい難い魅力を内面から発しているのを感じる。

「麗しきデーモン一族の娘。もっと近くに来い。そなたがよく見えるように」
主催者である魔王は好色に鼻を鳴らしながら言った。大きすぎる牙を持った口から、だらしなく涎を滴らせて。
“デーモン”は美しい毒の華が花弁を開かせたような笑みを浮かべ、儀式の中央に向かっていった。



サバトの会場を取り囲む陰鬱な木々の間から、参加者には聞こえない声で囁く者が居る。
其れは闇に溶け込んでいたが、やがてゆっくりと正体を現した。
1名は白い顔に炎のような文様を持つ地獄情報局長官、エース。
もう1名は同じデーモン一族で、涙を流したような青い文様を持つルーク参謀だった。

「すっごい美形!王宮のパーティなんかで会ったら、ナンパしちゃいそうだ」
覗き込んでいるルークが本気で感心したように言った。勿論、この声は隣のエースにしか聞こえない。
「いくら美しくても、あんな怖い雌、俺は御免だぜ」
エースは呆れたように言ったが、あれに本気で誘惑されて逆らえる自信は・・・無い。



「さあ、そなたは、どの様な素晴らしい供物を与えてくれるのだ?」
主催者は“デーモン”を舐めるように見ながら言った。
サバトでは、参加者が其々に小さな捧げものを持参するのが慣わしとなっている。
“デーモン”は艶然と微笑み、
「畏れながら。我が手には何も無く、有るのは陛下を称える歌声と、この身体」
と、金糸の髪をかきあげて見せた。



欲望を抑えた低い声が、あちらこちらから漏れる。
「其れこそ、何よりの供物。そなたの身体は我の楽しみとして取っておこう。まずは、自慢の歌とやらを皆に聴かせてくれ」
「御意」
そう言って、黒い唇が恐ろしく美しい歌声を紡ぎ出した。



「来るぞ」
樹の上に居るエースが警告を発した。
ルークが黙って頷き、周りにバリアを張る。



黄金の歌声が陰鬱な森、満月の夜空を鮮やかに彩った。
その場に居た全ての者は草木に至るまで“デーモン”の歌声に酔い痴れ、甘美な魔力に撃たれた。
誰も異変の前兆に気が付かなかった。


・・・黒い大地を振動させて何かが遣って来る。


自らも恍惚となって歌い続ける“デーモン”の瞳が虹色に輝き、やがて魔性の金に変わる。
黒い爪先は細い首を愛撫し、豊かな胸の谷間へと妖しく蠢く。


―――来たれ!我が闇の眷属!魔性の毒華・・・


突如、“デーモン”の足元から深緑色の植物の蔓が地面を割って現れ、其れは忽ちサバトの会場を取り囲んだ。


白い顔に浮かぶ残忍な笑み。


蔦は凶暴な長首竜のように儀式の参加者に襲い掛かった。
悪魔達は慌てて逃げ出そうとするものの、麻薬のような歌声に犯されて魔力を奪われ動く事が出来ない。
太い蔓には無数の棘が生えており、刺された者は悲鳴を上げる間も無く灰と化す。刺した棘からは真っ赤な薔薇の形に似た花が咲き零れ・・・不吉な色、不吉な匂い。


一方的な虐殺。殲滅は瞬きをする時間。
唯一、贋物の王座にしがみ付いた自称魔王が、豚が絞め殺されるような悲鳴を上げて震えている。
ウネウネと蔓をくねらせながら魔性の植物は獲物に近付き、醜い顔の前で白い華の蕾を開かせた。
ゆっくりと幾枚もの優雅な花弁が開いてゆき、華芯部分に艶惨な笑みを浮かべる“デーモン”の顔が現れる。
顔だけであった華の部分から首が生え、腕と胴、金糸の髪と足が徐々に実体を持ち始める。


「お・・・お前は・・・」
自称魔王は獣臭い息をゼイゼイと吐きながら言った。
白い顔の目元ににあった赤い文様は鮮やかな青に変わり、其れは最早、雌のものでは無くなった。
「たわいの無い。この程度でダミアン陛下に反逆し、あまつさえ魔王を名乗るとは、笑止」
低い声。
笑みの消えた白い顔は由緒正しいデーモン一族の長、魔界の副大魔王閣下の其れであった。
艶かしい肢体とドレスは消え、均衡の取れた逞しい肉体を鋲打ちした黒いレザーが包み、長く黒いマントが緋色の裏地を翻す。

「お・の・れ・・・」
最後の足掻き、毛むくじゃらの太い腕をデーモンの首に伸ばしてくる。
もう少し、という所で反逆者の主催者は断末魔の悲鳴を上げた。
デーモンは冷ややかに見ているだけで、動いてはいない。
喉許に突き刺さったのは、銀のサーベル。
「汚ねぇ手で触ろうとするな、下郎」
止めを刺したのは、補佐役で同行してきたエースだった。
鋭い刃先を抉るように捩り、横に払って華を刈るよりも軽やかに、醜悪な其の首を刎ねた。


大人しくなった怪奇植物の蔦の檻から2名は難なく脱出し、空中に浮き上がった。
樹の上で待機していたルークも合流し、上機嫌で言った。
「俺の作戦、上手くいったね」
「我輩の魅力に因るところが大きいがな」
返すデーモンも自慢げだ。
「うん、まぁ、其処は認めるよ」
ルークは一部始終を撮影した、通称“目玉蝙蝠”を後ろ手に隠したままニッコリと笑い返した。
艶麗な女体化デーモン。
この映像は大魔王陛下たっての所望品。
「・・・で。アレは如何する心算だ?」
ルークの所業を見てみない振りをするエースが、デーモンの視線を変えさせるために眼下の植物を指した。
「放っておいても構わん。我輩の魔力と餌が無くなれば、忽ち土に還る。・・・さて、王宮でダミアン陛下が朗報をお待ちだ」


デーモンは闇色のマントを大きく翻し、3名の姿を隠したかと思うと、其処から姿を消した。


後には星の煌く夜空―――






Fin・・・









暑苦しい夜を彩る美しい毒のを貴方に



お仲魔の
male様から頂いた暑中見舞いw
僭越ながら我が手によるイラスト付き

女体化閣下の手にかかれば
他悪魔の誘惑など 華を手折るより易しい…との事v

長官もそれが分かっているので
敢えて近寄らないようにしている…はずなのにねぇw




07,07,11 gift