あとは指だけ。

マニキュアの塗り待ち。

兄貴のほうを先に塗ってて、俺は待ってる。

だれか、さっさと塗ってくれないかな。

マニキュアなんてさ、だれにでもできるだろ?

自分でやるって言ったら「すぐだから待ってて」って。

なんとなく気付いてはいたけど、

ここの製作スタッフは、監督初め、どいつもこいつも完璧主義。

もっと、要領よくやればいいのにな・・・。

 

あ・・・・・・・・・。

 

まじかよ。

テーブルの上に、広がるブラックシルバーの液体。

零しやがった・・・小さなビンが丸ごと空に。

ぎりぎり、塗り終わってた兄貴の爪。

けど、俺のを塗る前にマニキュアがおじゃん。

ストックないのか。

探しに行くの?

ああ、まだ待つの俺・・・。

 

両の爪に、細く息を吹きかけて、

部屋の中を行ったり来たり。

兄貴は呪文をつぶやく。

「早く乾け乾けー」

すこし憂鬱な俺なんてお構いなし。

「暇なら寝とけば?疲れてるんだし」

本番前に眠れるか。それにヅラがもう痛くなってきた。

ちょっと、かわいそうな弟置いてどこ行くんだよ。

ランチってあなた・・・。

そうですか。運んできてくれるのね、ありがとうね。

まぁ、嘘だろうけどね。

 

というわけで。

メイクルームにひとり残される俺。

なんだか、憂鬱。

マニキュア1本になんでこんなに振り回される?

本当に憂鬱。

なんか嫌だな、本当に眠っちまおうか・・・。

台本見ても、頭に入らず。

集中できず、そわそわ。

ああもう、なんか、そわそわ。

 

そこに扉の開く音。

「ニール?腹減ったんだけど本当に」

返事がない。

振り返ると、ああ、面白い人が来た。

「残念ながら、ニールじゃないよ」

フランス訛りの英語。

すこし、ばつの悪そうな声色。

そんなに、会いたくないかね。

「時間なんだけどもね、押してるね」

次は、彼のスタイリングの番だったらしい。

「マニキュア待ちなんだ」

「ニールは終わってたよ?」

「その後、全部マニキュア零したんだよ」

「それは・・・災難」

部屋に入った手前、出て行く理由がなければ話さなくてはならない彼。

そんなに、話したくないかね。

 

鏡の前に腰掛けている俺。

その後ろに、彼が回りこむ。

鏡越しに、見詰め合う

「もうすぐ戻ってくるよ、マニキュア仕入れて、だから待ってて」

ああ・・・とか半端な返事。

もうすぐ、なんて言ったけど、俺もかれこれ20分近く待ってる。

まさか、買出しに行ったんじゃないだろうな・・・。

勘弁してくれ。

「なぁあんた、暇じゃない?」

「暇というより、辛抱だね」

さらっときついことを。

 

「マニキュア塗ってもさ、乾くまでって結構かかるんだよ」

「知ってる」

俺の背後でポケットに手を突っ込み、

つまらなそうに息を吐き出す彼。

 

ふいに、冷たかった瞳に色が入った。

「もしかして、君は暇だから、私に相手をして欲しいのか?」

手は突っ込んだまま、身体をおりまげ、

俺の肩口に、彼のあごが。

並んで映る、二人の顔。

ヘマした部下に、厭味な叱責を与えているボスみたいな画。

鏡の向こうの、すこし嘲るような瞳。

「そうさ、わかってるじゃないか」

なんとなく、深い色合いを帯びた彼の瞳に負けそうで、

おもむろにサングラスをかけてみる。

「暇つぶし、しようぜ。」

振り返って、今日初めて、直接彼の顔を見た。

「爪が乾くまでの間も、こんな風に」

引こうとした彼のあごを手で捕らえ、

キスした。

唇に、触れただけ。

彼の、

答えるわけでも、

拒絶するわけでもない、

モノを言わぬ唇。

俺の心、じれる。

 

「私で暇つぶしなんて、君には一生できないよ」

 

わかってるさ。

暇つぶしのつもりが、

たぶんきっと、本気になる。

だからあんたも、

暇つぶしから、でてこないか?

 

end


《暇つぶし》by 準星旅団α テルファー様


うわ〜!テルファー様〜!!ありがとございますvvvvv
あのイラストのミスを補って余りあるクールなSS!ハァハァ

こちらのミスから無理やり書かせて奪うとゆー
中原の姑息な作戦勝ちでございました〜!(大爆)