night piece





街の至る所に色取り取りの電飾が輝き、人々の気配が絶えることの無い夜。
何処からか陽気な音楽が響き、それに唱和するように歌声が続く。
夕刻から降り出した雪が薄らと積もり、1歩踏み出すたびに柔らかな音を立てる。
よく磨かれた革靴に踏まれた雪は土色を滲ませるが、すぐに新しい雪がそれらを覆い隠していった。

     ◇  ◇  ◇

その公園はオフィス街からも住宅街からも離れており、僅かな人影はパーティー帰りのカップルや、
礼拝の後ゆっくりと散歩を楽しむ老夫婦ぐらいなものだった。
スミス達エージェントプログラムに休日や、ましてクリスマスなど関係無い。

勿論、彼らに監視され場合によってはその存在をデリートされる人間に関してもだ。

この人気の無い公園に逃げ込んだターゲットは、池を回り必死に木立の中を走っている。
どんなに走ろうとも、どこに逃げ込もうともエージェントから逃げ切るのは不可能だ。
しかし、人間の本能が彼らの身体を走らせる。
愚かでしかないその行動を理解する事は出来ない。
するつもりも無い。
人間がこの公園に逃げ込むことは計算内の出来事だ。
確実に追い詰め、そして、確保する。
一度はエージェントに逆らったのだ。
再教育か、それを拒めば、消去だ。

     ◇  ◇  ◇

滞りなく任務を果たし、他のエージェント達を帰還させる。

その時、後方から調子の外れた歌声が響いた。
僅かに後方に振り向くと、酔っているのか足取りの覚束無い影が見える。
よく聞けば、その歌はこの時期何処に行っても流れていたクリスマスソングだった。
きっとあの人間もパーティーの帰りなのだろう。
この世界に疑問を感じ、その疑問ゆえに消されてしまった存在と、
疑問さえ抱かずに享楽的に生きている存在。
まさにスミスが憎む人間の集大成のようなその存在が、無性に気に障った。

ゆっくりと近付き、その人間のデータを検索する。
「…トーマス・A・アンダーソンか」
その名前には憶えがあった。
ここ最近、特に目立った行動は無いのだが、要注意人物としてリストアップされていたのだ。
あの能天気な姿からは分からないが、ハッキングの腕は群を抜いており、
スミス達の手を煩わせているモーフィアスとの接触も近いだろう。

これはチャンスなのかもしれない。
スミスの胸中に得体のしれない、高揚感とも言うべき波が立った。
今ここでアンダーソンを捕獲する事も、消去する事も容易だ。
いや、アンダーソンを囮に使いモーフィアスに接触を図る事も可能かもしれない。
けれどその成功率は極めて低いだろう。
それは火を見るより明らかで、なのに何故そのような事を考えてしまったのか、
スミスは己の思考に戸惑った。
最近、人間のような思考に囚われる自分を感じていた。
より多くの人間に接触すればするほど、感情の波に晒され少しづつ侵食されていく錯覚。
明らかな恐怖、嫌悪。
自分は秩序を守る為に、常に完璧でいなければならない。
人間のように不安定な存在は消されてしまうのだから…!!

「メリー・クリスマース!!!」
突然、辺り一帯に響く大音響。
咄嗟に懐に手を差し込んだスミスに、陽気な笑い声が飛んできた。
「おいおい…!折角の聖夜にそんな湿気た面してどうしたんだ?」
声の主は探すまでも無く、目の前の男――アンダーソンだった。
幾ら気を抜いたとはいえ、ここまで接近を許していたとは。
知らず、表情は渋くなる。
例えアンダーソンが要注意人物であろうと、今は手を出す時ではない。
今夜の接触は偶然に過ぎないのだ。
そうスミスは結論付けると、そのまま擦れ違おうと大股で踏み出す。

それはあっさりと阻まれた。
アンダーソンの手がスミスの腕を掴む。
「…見たところ、まだ仕事中って感じだな」
エージェントだとばれたか?
いや、そうではあるまい。
視線を辿れば、それはスミスのイヤープラグに注がれている。
SPか何かと思ったのだろう。
「…解かっているなら、その手を離してもらおうか」
軽く腕を振ると、案外あっさりと手を離す。
しかし次の瞬間、スミスはアンダーソンに抱きこまれていた。
「何を…」
「メリー・クリスマス!!今夜は最高のホワイト・クリスマスだ!
あんたにも神のご加護があるように!!」
声高に叫び、スミスの頬にキスをする。
そして、呆気にとられるスミスを解放すると、ニヤリと性質の悪い笑顔を浮かべ、
ひらひらと手を振る。
そうだ、この男は酒に酔っていたのだ。
「真面目にやってりゃ、そのうち良い事あるって!!」
三度、メリー・クリスマスと叫ぶとアンダーソンは陽気に去って行った。

     ◇  ◇  ◇

再び辺りは静寂に覆われ、一人佇むスミスの肩にヒラヒラと雪が降る。
もとよりその気は全く無いが、やはり人間は理解に苦しむ。
スミスは先程の出来事を反復する。
しかし、こんな夜も悪くないと考える部分が僅かにあった。
聖なる夜に、熱い抱擁と敬虔なキス。
酒臭い聖者ではあったが。
「今夜の記録の消去は、後回しだな…」

誰の上にも等しく降る雪が、呟きをそっと包み込んだ。

e n d
皆に神のご加護のあらん事を。 …えと、スミスが別人でゴメンなさい(泣) 何も知らないアンダーソンとスミスが出会ったら…というお話でした



 by Like the DEVIL 三朗さまから20000HIT祝いとして頂きました〜!
ありがとございます〜!!
まだ人間を知らないキレイなままのスミス閣下vvv
うふふふふふ・・・もう返しませんよ?
しかし思うに、やはりアンダーソン君は罪な男だな〜(笑)

<03,12,12>