MATRIX outside story

 

AFRAID OF TOMORROW

 

 

--------そして

 

そして世界は何度目かの

初めての朝を迎えた

 

 

 

世界がひとつのプログラムの肥大化で覆いつくされかけた

しかしそれは

このMATRIXという世界が、外からの『力』との均衡を保つため自らした事の結果だったのだと

二つの『力』はぶつかり合い、拮抗し、緩和し合い

 

そして

 

そして世界は新しくなった

―――それで何か変わっただろうか?―――

セラフは自問する。

取り立てて、そう何も変わっていないと思う。

世界は相変わらず混沌としている。

その中で、『預言者』オラクルを護る。このスタンスは変わってはいない。

ならば何も変わらないのと同じ。

そうセラフは思う。

敢えて変ったと言えば、『家族』が一人増えた事だろうか。

サティ。

---最後のエグザイル---と、かの者が言った少女。

彼女の事を思い、口元に知らず笑みが浮かんだ。

「・・・・・・・」

小さく溜め息をついて、セラフは閉じていた目を開けた。

いつものティ・ハウスでの瞑想。

しかし今日は、何故か心が落ち着かない。

何故・・・?

早々に自分の心の裡を探るのを諦めて、台から降りた。

オラクルに買い物を頼まれていた。その時間が迫っている。

先に渡された買い物リストの書かれた紙を、白い上衣の袖から出す。

小麦粉、バター、アンゼリカetc、etc・・・

今度はどんな菓子を作るのだろうかと、リストを見ながら予想する。

リストの最後に<煙草>の文字を見つけ、つい口元が綻んだ。

こんな平和な時間が愛おしい。

「・・・・・ふ・・・む・・・」

そんな『気分』になる・・・それも変わった事のひとつかもしれない。

そうセラフは思った。

 

 

少し離れた所にあるマーケットに行き、頼まれた買い物を済ます。

オラクルが今日に限っていつもの店で無く、こちらを指定した理由をセラフは知らない。

何故ならそれは、セラフの考える事ではないからだ。

彼女はいつも正しい。そう信じている。

彼女の言葉は具体的とは言えないが、常に進むべき道への標となる。

そう…彼女の言葉を信じて、己の『道』を行った者たちは多い。

その何人かの顔を思い出し、さらにその中の一人に思いをはせる。

また会うことは叶うのかと・・・・・・

 

なんとも言えぬ嫌な気配に、セラフは身を硬くした。

腕に抱えていた紙袋が、カサリと音をたてる。

両側を壁に挟まれた細い路地の階段で立ち止まり、辺りを油断無く窺う。

遠く雑踏のざわめきが微かに聞こえるものの、周りに人影は無い。

しかし。

視られている。そう感じた。

突き刺すような、それでいて鋭さとは違う、何かこう纏わり付く様な、身を熱くさせる『視線』。

それがセラフをどこからか視ている。

この『視線』には覚えがあった。

「メロヴィン・・・ジアン・・・」

無意識の内に買物の入った紙袋を投げ出すように置き、身構えていた。

気を練り、心を静に。

絡みつく視線に取り込まれないように。

あの男そのものの様な視線に、心を乱さないように・・・

突然、別の気配を間近に感じ、セラフは上を見る。

路地の両側を塞ぐ壁の上に、白い影が二つ。

逆光になって顔は見えないものの、その姿は見間違いようが無い。

白銀の長いコートに、やはり白銀のドレッド・ヘア。

寸分違わぬ長身の二つの影。

「ツインズ・・・!」

セラフが自分たちを認めたと見るや、その二つの影、ツインズは同じように笑みを口の端に浮かべた。

「久しいな。羽の無い天使」

「迎えに来てやったぜ」

そう笑いながら言うと、まるで吸い込まれるように壁の中に融けた。

どこから襲撃してくるかわからない相手に備え、セラフは目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。

そして、オラクルが今日に限って離れた店を指定した訳はこれだったかと得心した。

いつもの店になら、サティが一緒だったはずだ。

彼女がいては動きが制限されてしまう。いや、戦えない。

それは形勢が不利だとか、邪魔だとかいう事ではなく。

セラフは、あの少女にあまり戦うところを見せたくないと、何故か漠然と思っていた。

オラクルはそれを知っているのだろう。

「オラクル・・・」

彼の守るべき女性の名を口にする。

それは彼に、いつも力を与えてくれる。

 

微かに空気が揺れたのを感じ、咄嗟に身を沈める。

刹那、両側の壁から白い影が現れ、手にした剃刀が空を斬った。

そのまま狭い階段を5、6段転がり降り、身を起こすと同時に背に隠した三節棍を引き出し、構える。

「相変わらず、嫌な奴だな」

「まったくだ」

そんな言葉とは裏腹に、セラフを見るツインズの口元には笑み。

「お前たちに好かれたいとは思っていないから、安心しろ」

三節棍を構え、間合いを計りながら返すセラフの口元にも不敵な笑み。

「それは残念だな。俺たちはアンタが好きなのに」

ツインズの片割れが、間合いを詰めつつ事も無げに言う。

「ほう?それは初耳だ」

「そうとも。アンタは、俺たちを楽しませてくれるからな」

もう1人の言葉と共に、2本の剃刀がそれぞれの軌跡を描いて煌いた。

 

そういえばこいつ等は…と、攻撃をかわしながらセラフは思う。

『壊す』事が好きだったな…

『戦う』よりも『破壊』する事が好きなのだと、そう感じる。

それは物体そのものだったり、人だったり、関係だったり。そんな諸々の物を壊す事に快感を覚えるらしい。

しかしそれは・・・

「焦燥・・・か」

突然のセラフの呟きに、ツインズが怪訝そうな顔をする。

それを目の端に捕らえつつ、セラフは三節棍を素早く三つに分け、襲い掛かって来た相手の剃刀を弾き飛ばした。

 

どれほどの時が過ぎたのか。

まやかしの太陽が、西の空を赤く染め始めていた。

2対1の戦いはまだ終わらない。

身体をガス化できるツインズに、決定的なダメージを与える事は難しく、セラフはただ、自分の身を守る事に集中していた。

何しろ相手の目的はセラフの拉致。それは簡単な事ではない。

それでもツインズはこの状況を楽しんでいるのがわかって、セラフを嫌な気分にさせる。

戦うという事は、その相手を見極めるという事。

そうセラフは思っている。

拳を交わせば、その相手が解る。

もっとも深い処で、互いに語り合っているのだと。

しかしツインズとの戦いに『会話』は、無い。

ただ、がむしゃらな破壊衝動を感じるだけだ。

壊して壊して壊して、ただ壊して。

そして足元に並べて眺める。戦利品のコレクション。

それは、どれだけ集めても満たされない心の裏返しか?

以前の自分もそうだったのだろう。

オラクルを、彼女を識るまでは。

------!」

よく知った気配が近づいてくるのに、セラフは気付いた。

「来るなっ!!」



警告の言葉も空しく、階段上の路地から小さな顔が覗く。

「セラ----?」

「ヒャッホーゥ!」

「サティ!」

奇声を上げ、白い影のひとつが呆然と立ちすくむサティへと向かう。

それを止めようと体勢を崩したセラフは、もうひとつの影の事を完全に失念していた。

「!」

気付いた時にはすでに遅く、鈍い衝撃が後頭部に走る。

 

サティの編んだ髪が揺れるのが見えた。

 

 

ゆらゆらと揺れる身体・・・

誰かの肩に担ぎ上げられているらしい・・・

遠くからの声が聞こえる・・・

「セラフを何処に連れて行くの!」

あれはサティの泣き声・・・?

「お嬢ちゃんは、お迎えかい?」

「そうよ。だってセラフ、なかなか帰って来ないから。ケーキが作れなくて」

「お前が作るのかい?」

「お前じゃないわ。私、サティよ。今ね、いろんなお菓子の作り方をオラクルに教わってるの。セラフにも手伝ってもらうのよ」

「へぇ、そうかい」

笑いを含んだ声・・・

「もう手伝いは、無しでやるんだな。お嬢ちゃん」

「だって・・・」

「こいつに会いたがっている人がいるんだ。もう随分と前から待ってるのさ。いい加減待ちくたびれて、ご機嫌ナナメになってる」

「誰なの、それ?セラフを連れてくなら、私も一緒に行くわ」

サティ・・・馬鹿な事を言うんじゃない・・・早く逃げろ・・・

「ダメだね。招待されてるのは、こいつだけだ」

「セラフ!」

サティの泣き声が遠ざかる・・・

その事にセラフは安堵する。

少なくとも、サティは無事なのだ。

すぐ近くで車の停まる音がして、セラフの身体は柔らかい物の上に投げ出されるように下ろされた。

甘い甘い香り・・・

覚えのある香りだった。

そしてそれは、あまり楽しくないメモリーに繋がっていた。

「・・・う・・」

視線を感じた。

あの『視線』。

全身に絡みつくような・・・しかもそれは、今度は酷く近い。

重い目瞼を上げると、車の中にいるのがわかった。

まるで豪華なリビングの様に装飾された、広い車内。

その向かい合ったシートに座らされていた。

身体が思うように動かないのは、先刻、後頭部に受けた衝撃のせいなのか?それとも何か他の理由が・・・ぐるぐると考えあぐね、やっと気付く。

目の前に満面の笑みを浮かべた男がいた。

「セラーフ・・・L’ange sans ailes。お目覚めかね?」

そう言って、手にしたワイングラスを掲げた。

「やはり、あんたか・・・メロヴィンジアン」

車はゆっくりと走っている。

「そう、私だ。セラフ・・・他の誰が、私ほどお前の事を求めていると言うんだね?」

ん?と言うようにわざとらしく眉を上げる。

「さあ、もうわがままは終りにして、私の元に帰っておいで」

猫撫で声で囁いて、未だ身体の自由がきかないセラフの頬に指を伸ばし、撫でる。

「私の愛しいチャイナ・ドール・・・」

その昔、流行ったというシノワズリ(中国趣味)。

青磁に白磁。不思議な輝きを秘めた肌理の細かい陶磁器の肌。

それにも似たその手触りを確かめるように、頬から顎、そして項へと指を滑らせた。

セラフは何とか身をずらしてその手を払うと、大きく息を吐いて、メロヴィンジアンにきつい目を向ける。

「あんたのコレクションの一つになる気は無いと、前に言ったはずだ」

「そうだったな・・・しかし、手に入らない物ほど欲しくなるものじゃないかね?セラフ」

「勝手な言い草だ」

「そうさ」

悪びれない笑みを向け、そのままセラフの隣へと席を移す。

露骨に嫌そうな顔をするセラフにお構い無しに、メロヴィンジアンはワイングラスの中身を一気に飲み干してサイドボードに置いた。

その意図に気付いた時はすでに遅く、顎を捉えられ、唇が重なって来た。

咽返るようなアロマの赤ワインと共に、執拗な舌がセラフの口内を犯してゆく。

それに抗うことが出来ず、ただ耐えていた。

「気付け・・・だよ。私の可愛いユダ」

僅かに唇をずらして、メロヴィンジアンが囁く。

「お前が帰って来るのだとしたら、それ以外の望みを叶えてやろう。どうだ?」

「あんたは・・・信用できない」

セラフの返答に、メロヴィンジアンは口の端に笑みを浮かべた。

「随分な言われようだな。セラフ。そう・・・たとえば」

そう囁くメロヴィンジアンの手は、セラフの胸を這う。

「あの少女の未来はどうかな?」

その言葉に、手を払い除けようとしたセラフの動きが止まった。

「サティ・・・とか言ったかな?さっきも随分、泣いていた」

「それは・・・」

苦しげなセラフの声に、メロヴィンジアンの笑みが深くなる。


「セラァフ・・・」

甘い声で名を呼び、胸に這わせた手はそのままに、シートへと押し倒す。

白い上衣をはだけさせ、露わになった肩に指を這わせてゆく。

さらに唇を奪おうと、顔を近づけた・・・

「・・・!」

唇に触れた冷たい金属の感触に、メロヴィンジアンは身を硬くする。

組み敷いたセラフの手には、いつの間にかナイフの様な物が握られていた。柄の先に紅い布が付いている。

「それは・・・」

「ヒ首(ひしゅ)だ。あんたには想像も付かない物さ」

「そのようだ」

喉元にヒ首を突きつけられ、そろそろと身を起こす。

「・・・セラフ」

「サティの事は、すでに彼女の両親と取引が済んでいる。あんたは信用できない奴だが、契約だけは守るからな・・・」

「お褒め頂いて」

「だから・・・あんたの所に戻るつもりは無い。もう・・・自分の居場所は見つけたんだ」

「女占い師。かね?」

「判りきった事を、訊くな」

片頬だけで笑い、セラフは後ろ手にドアを開けると、走行中の車から飛び降りた。

 

メロヴィンジアンを乗せた車は、相変わらずゆっくりと走っていた。

「宜しいので?」

運転手が問いかける。

「ああ」

ワインをグラスに注ぎ、メロヴィンジアンは笑みを浮かべる。

「すべてが手に入ってしまったら、つまらんだろう」

窓の外には、流れるイルミネーション。

羽の無い天使は、その中に消えて行った。

翻る白い上衣が、まるで無くしてしまった羽のようだった・・・

そんな事を思って、苦笑する。

「しかし・・・最近は退屈だ。また救世主でも、現れてはくれないものかな」

メロヴィンジアンは、溜め息混じりに呟いた。

 

 

世界は夜の帳に包まれて-----

 

セラフがツインズと戦った場所に戻ると、細い階段にうずくまるように小さな人影があった。

「セラフ!」

「サティ・・・!」

「セラフ〜〜!!」

泣きながら飛びついて、しがみつくサティをセラフは優しく抱き上げた。

「ごめん。遅くなってしまった。もう今日はケーキ作れないな」

ううん、とサティが呟く。

「セラフが帰って来てくれたから、いい」

「そうか」

放り出していった買い物の袋は、サティが拾っておいたらしく、階段の端に置いてあった。

それを認めて、セラフの口元に柔らかい笑みが浮かぶ。

「では、早くオラクルの所に帰ろう」

「うん」

サティと手をつなぎ、セラフは自らが選んだ場所へと、歩き出した。

 

 

------帳の向こうには  次の朝が待っている--------

 

 

 

-END-

 

 

 

我々の運命は 

手の届く場所にある

もうこれ以上

世界最大の嘘に 騙されることはない

自由に吹いてゆく 風に嫉妬しているのかい?

夢に生きることを

誰にも止めることなど出来ない

 

未来を恐れてるのかい?

未来を恐れてるのかい?

 

未来を恐れて・・・

 

 

<AFRAID OF TOMORROW /by GARY MOORE>

 



2004お年賀用SSだったような…

05,07,18