スーツは男の戦闘服 -2-T





「アンダーソン君。退きたまえ」
不機嫌全開のスミスの声。
「移動時間込みじゃ、ゆっくり喰えないだろう。あんた、まともな食事してるのか?」
「君に心配される筋合いじゃないよ。さあ、早くそこを退いてくれ」
「わかったよ・・・」
しぶしぶと、操作パネルの前から退く。
そのまま横の壁にもたれて項垂れると、大きくため息をついた。
ガクンとエレベーターが揺れ、動き出したのを感じて、アンダーソンは顔を上げた。
「スミス・・・」
「どちらにせよ、食事はせにゃならんだろう?」
「じゃあ・・・」
「ただし、近場で、だ」
エレベーターは下に降りていた。

外に出ると、辺りにはまだ昼の光の余韻と、増えつつある夜の光の先触れが混在していた。
「逢魔が刻・・・ってヤツ?」
「さぁ・・・どうだかな。この辺りじゃ、星は見えんし」
「ふぅん・・・」
「そういう事に興味が有るのかね?アンダーソン君は」
「いや。そういうワケじゃないが・・・」
帰宅する人々の行き交う雑踏の中を、とりとめの無い話をしながらスミスと歩く。
たったそれだけの事で、こんなにも幸せな気分になれる・・・
そんな自分を、アンダーソンは不思議に思っていた。

結局、オフィスから一番近いダイナーで夕食となった。
カウンターに並んですわり、それぞれの料理をオーダーする。
スミスの食事量は、驚くほど少なかった。
「何?ダイエット中?」
もちろん、そんな必要など無い。スミスは、その年齢にしては均整のとれた体型をしている。
「まさか。そういう君こそ、ベジタリアンか?」
「うん。まあね・・・肉はちょっと、ね」
お互いの皿を覗き込みながら、批評しあって笑った。

「ネオ!ネオじゃないか」
店を出てオフィスのあるビルへ戻る途中。
このままどこかで一杯・・・という展開にならないものかと画策しながら歩いていた時だった。
雑踏の向こうで、二人連れの男がアンダーソンに向かって手を振っていた。
「ネオ・・・?」
一緒に歩いていたスミスが怪訝そうに呟く。
「知り合いかね?」
「え?いや・・・」
二人連れは相当酔っているようだった。紅い顔に満面の笑みを浮かべて、こちらに走ってくる。
「久しぶりだな、ネオ!」
「あ、ああ」
肩を思い切り叩かれ、アンダーソンは顔をしかめる。
たしか以前、違法なMDを融通してやった相手だと思い出す。
今、この場では、会いたくない相手だった。
「相変わらずやってんの?儲かってる?」
「いや・・・まぁまぁだよ」
曖昧に言葉を濁す。
「なーに謙遜してんの!凄腕のハッカーがさ!」
「よせよ〜!人聞きの悪い。本気にされるだろ」
やんわりと牽制するが、相手は酔っているから気付かない。
連れの男に、アンダーソンがどんなに天才的手腕を持ったハッカーかを延々と喋り続けた。
「おいおい。俺はただの雇われプログラマーだぜ。そんな事・・・」
冗談口調で受け答えして、やっと追い払いホッとする。
「まったく・・・人聞きが悪いよな。本気にされたらどーする気だよ」
ちらちらと横を歩くスミスの様子を伺いながら、アンダーソンは必死で言い訳をしていた。
「アンダーソン君」
囁くようなスミスの声に、アンダーソンの背筋に冷たいモノが走る。
「はい?」
雑踏の中、立ち止まり、スミスはアンダーソンを睨みつけた。
「私は、ハッカーが嫌いだ」
そう言い捨てると、1人足早に雑踏の中に消えて行った。
呆然と立ちすくむアンダーソンを残して・・・



--- to be continued ---
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