◆スーツは男の戦闘服◆ -1- -2-


              《前回までのあらすじ》(
嘘…笑

■サイバーネットの世界では『NEO』の異名を持つアンダーソン君も、現実世界では、会社勤めのへたれなプログラマー。
そのあまりのヤル気無さげな勤務態度に、ついに会社から最後通告をされてしまう。
そんな時、以前参加した某大手企業の新システム立ち上げサポートを決めるコンペの結果が出、アンダーソン君が指名される。

 「これの結果如何ではクビ!」と言い渡され、当分の間、大手企業に出向する身となったアンダーソン君。
初っ端からこのプロジェクトの責任者スミスと険悪なムードになってしまう。

ところが、ある出来事がきっかけで、彼の事がひどく気になりだす。
それが何やら恋愛感情に近いものだと気付き、この出向が終わる前に、口説き落とすことを決心。

しかし、『敵』はなかなか手強かった・・・!


   
窓から見える街並みは、すでに夜の装いに着飾っていた。
味気ないオフィスビル街も、濃紺のベルベットの上に宝石を撒いたような夜景の一部になる。

仮住まいのデスクで黙々と入力作業をしていたアンダーソンは、ため息をひとつ吐くと、窓に目をやった。
向かいのビルのオフィスにも、まだ灯りが点いている。残業している者がいるのだろう。
ゴクロウサンなこった…と、呟きながら苦笑する。自分に。
今まで残業なんてした事は無かったのだ。どんな時でも。
定時を待ちわびるように退社して、家でネットを徘徊してた。
厳重なセキュリティのかかっている所に侵入するのは快感。それに病みつきになっていたから。
別に他に楽しい事も無かったし。ちょっとした副収入になる事もあったし。

でも今は帰れない。

明るい窓から暗い窓へと視線を流す。
鏡になった窓には、自分のいるオフィスが映っていた。
一番離れたデスクにもう1人。他には誰もいない。
このプロジェクトの責任者、スミスの姿だけがあった。
ダークな色合いのスーツに、きちんと結ばれたブラックタイ。
真っ白なドレスシャツのカラーが、無機質な蛍光灯の灯りに照らされて眩しく見える。
書類を持つ手が動く度、スーツの袖口からやはり真っ白なシャツのカフスが覗くのに、なぜか目が奪われる。

彼がいるから帰れない。
いや、帰りたくなかった。

今はただ、ガラスに映る彼に見惚れていた。それだけで幸せな気分。
いやまぁ出来る事なら見てるだけじゃ無い方が、もっと幸せな気分になれるだろうけど。
そう心の中で呟きながら、彼の虚像にキスを贈った。
「アンダーソン君」
まるでそれに気付いたかのように、スミスは書類から顔を上げてこちらを見た。
「進み具合はどうなのかね?」
「え…ああ。今ちょうど、ひと段落ついた所だ」
ガラにも無くドギマギと返事をする。
「そちらの手が空いてたら、ちょっと見てくれるかな?」
「わかった」
スミスは返事と共に書類を揃えて置くと、自分のデスクから立った。
「それで?」
「こんな感じなんだが・・・」
スミスは目が光に弱いとかで、保護するために常にサングラスを携帯している。、それをかけてディスプレィを覗き込むスミスに席を譲り、アンダーソンはその背後から身を乗り出すようにして解説を始めた。
「そこの右側の・・・そう。そこをダブルクリックすると・・・」
「ほう・・・」
解説をしながらアンダーソンは、指示通りにマウスを操るスミスの指を見ていた。
長く形の良い、整えられた指。
それが自分の言葉に従っているかと思うと、ドキドキする。
「どうした?」
黙ってしまったアンダーソンに、スミスが怪訝そうに声をかけた。
肩越しに自分を見上げるスミスに、アンダーソンは精一杯の笑顔を送る。
「あああ、いや。どうだろう?気に入ってもらえそうかな?」
「ああ。思ったより良い出来だよ、アンダーソン君。これなら上層部も納得させられるだろう」
「それは良かった」
ホッとしたように息をつくアンダーソンを残して、スミスは自分のデスクへと戻って行った。
「今日は遅くまでご苦労だった。明日からもこの調子で宜しく頼む」
帰っていいと、身振りで示す。
「スミス」
「ん?」
「あんたは、まだ仕事か?」
「ああ。もう少しな」
「そうか」
オフィスを出るアンダーソンを見送る事も無く、スミスは再び書類に目をおとした。

コーヒーの香にスミスが顔を上げると、デスクの前にアンダーソンが立っていた。
手には湯気のたつカップが二つ。
「コーヒーブレイク。いいだろう?付き合ってくれても」
「・・・ああ」
ウインクするアンダーソンに、スミスは薄く笑みを浮かべてカップを受け取った。
アンダーソンはすぐ横のデスクの椅子を引っ張ってきて、前後ろ逆にして馬乗りに座ると、背もたれにのしかかる様にしてスミスの方に顔を向けた。
「いつも、こんな遅くまでここに?」
「雑用が多いんでね」
淡々とした声でスミスが応える。
「やっぱり瞳の色が薄いと、ディスプレイとか長時間見るの、辛い?」
「ああ、多分。君よりは」
「ふぅ〜ん。綺麗なブルーで、俺は好きなんだけどな」
「そりゃ、どうも」
アンダーソンの言葉に、スミスは動じる気配も無くコーヒーを飲んでいる。
手強いな・・・アンダーソンは内心、ひとりごちた。
しかしそんな事でめげるアンダーソンでは無い。
仮にも『NEO』の異名を持つハッカーだ。セキュリティ破りは生甲斐と言ってもよかった。
「あんたって・・・」
「何?」
少し煩げなスミスの声。
「カフ・リンクス、はめてるんだ」
「いけないかね?」
「今時あんまり居ないでしょう?だいたい世話の無い、シングル・カフスじゃない。でなきゃ、せいぜいコンパーチブル・カフスでさ。でも、あんた、ダブル・カフスしてんだ」
「人の勝手だろう」
「ああ。あんたらしくて、いい。仕事に来る時でもドレスアップっていうのがさ。いや…仕事だからこそ、かな?」
「ふん・・・」
軽く流すスミスに、アンダーソンはさらに言葉を続ける。
「普通さ、こんな残業してたら、ネクタイぐらい緩めるだろ?上着とかも脱いじゃって・・・」
「君みたいにかね?アンダーソン君」
皮肉な笑みを浮かべて、スミスが呟く。
「そう。俺みたいに。シャツの袖もあげたりしてさ。ラフな格好にならない?」
ほら?というように両腕を軽く広げて見せる。
「私は結構だ」
「あんたって、そうだよね。ほんとお堅い」
アンダーソンはワザとらしく大きなため息をついて、首を振った。
「まるでスーツが、戦闘服みたいだ」
そのウットリとした声音に驚いたのか、スミスはアンダーソンの顔を見た。
「君は、年長者を揶揄うのがシュミなのかね?」
呆れたような、困ったような顔でスミスは問い質した。
それに笑顔を向け、アンダーソンは身を乗り出す。
「実はさ。あんたに訊きたい事があるんだが・・・」
「何かね?」
ちょっと引き気味にスミスが応える。
「うん・・・。どうしてあのコンペで、俺を選んだのか、さ。その理由が訊きたい」
「何だね。突然?」
「いや、だってさ、あのコンペに来てた奴らって、まぁ多分、俺より仕事できたんじゃないかな〜と思うわけ。そんな中で、何が決めて手で俺を選んだのか知りたい」
ますます身を乗り出すアンダーソンに、スミスは額に手を当てて、長い息を吐いた。
「スミス?」
「煙草、だ」
「タバコ?」
「あの時、コンペの参加者の中で、君だけがタバコを吸わなかった。それだよ」
「それ・・・?」
「ああ」
「・・・そう」
アンダーソンは、がっくりと椅子の背を抱いた腕に顔を伏せた。
「どうしたね?アンダーソン君」
「いや・・・俺は、また・・・」
多少は自分に好意を持っていてくれるのでは?と期待していたのだ。
その気持ちが大きかっただけに、今の言葉はかなり堪えた。
「うん・・・。ごめん。仕事の邪魔して。コーヒーブレイクは終わり。俺、帰るよ」
そう、囁くように言って、アンダーソンは椅子から立ち上がった。
今日のところは、スゴスゴと尻尾巻いて逃げる負け犬の気分。
でもまぁ、明日になればまた気分も変わるさ!と自分を励ましたつつ、帰り仕度を始めた。
「アンダーソン君」
オフィスから出ようとするアンダーソンを、デスクからスミスが呼び止める。
「何ですか?」
気分が言葉に現れて、返事も弱腰。振り返る元気も無い。
「私が何故、煙草が嫌いか教えようか」
「はぁ・・・」
「煙草を吸っていると、キスの味が落ちるからだ」
「・・・え!」
振り向いた時には、すでにスミスは書類に目をやっていて、その表情を見ることは叶わなかったが。
しかし・・・・!
「気をつけて帰りたまえ。アンダーソン君。また明日」
「ああ!」

また、明日!
このプロジェクトは、始まったばかりだ。



-end-
<03,08,10>



なんじゃろー?わけわからんの〜?
でも書いてて楽しかったからイイか〜(無責任)