<使用上のご注意:だからスーツが好きなんだってば!>



luminescent maze

「アンダーソン君」

マトリクスに侵入したネオに、待っていたかのように呼びかける声。
ああ、またか…
ネオはため息混じりに呟いた。

他者を自分自身のコピーにする能力を得た元エージェントのスミスは、すでに100人にも増殖していて、あらゆる所に現れる。
いっその事、この闇に紛れて逃げてしまおうかと、ネオは考えた。
「うんざり・・・という顔だな」
低い、絡み付くような声に含まれた、面白がっているようなニュアンスに気付く。
「当然だろう。もっとも、あんたはそれを楽しんでいるようだが?」
「楽しんでいる?」
目の前の路地の闇の中に、スミスの姿があった。
黒いスーツが闇に熔けこみ、ただ糊の効いたシャツのカラーと胸元だけが、夜目にも白い。
「私が?何を?」
「俺のうんざりした顔を見て、だろ?」
「ああ・・・」
得心したように、スミスは口の端に笑みを乗せた。
「そのとおりだよ、アンダーソン君。君は、私を、とても楽しませてくれる」
その言葉を言い終えるが早いか、スミスはネオに向かって攻撃を開始した。
続けざまに繰り出される拳をかわしながら、逆に胸元へ鋭い蹴りを入れる。
すんでのところでかわされ、細いタイピンだけが光を弾いて飛んでいった。
まるでそれが合図だったかのように、何人ものスミスがネオめがけて押し寄せてきた。
皆同じ闇に熔けるスーツと、真っ白なカラー。
それが残像のように焼きついて、ネオの目を眩ませた。
「・・・・・・・・・!」
声にならない雄叫びを上げて、ネオは自分に群がるスミス達を蹴散らすと、まやかしの大地を歪ませながら上へと跳びあがった。
そのまま遥か上空まで一気に飛び去ってしまったネオを、残されたスミス達はただ見送るのみ。
やがて諦めたように、それぞれに去って行った。

静けさの戻った路地には、一人だけが残っていた。
スーツの襟を整え、ネクタイを直す。
そしてふと、タイピンが無いのに気がついた。
「shit・・・!」
舌打ちをして、辺りを見回す。
べつに再生しようと思えば、すぐにでも可能だ。
なのに何故かその気になれない自分に多少苛立ちながら、スミスは先刻ネオの立っていた辺りに目をやった。
「探し物は、これか?」
声が上から降ってきた。
「な・・・・!」
見上げると、崖のようなビルの壁面から伸びたポールの上にネオが立っていた。
その右手には、光を弾く細いタイピン。
「貴様・・・」
唸る様な声でスミスが呟く。
それに応えるように、ネオは笑みを浮かべた。
「おっと、人数は必要ない。これの持ち主は、あんただろ?」
ふうわりと、重力を感じさせない身軽さで、ネオはスミスの目の前に降り立った。
「ほら」
ネオの手が伸びて、スミスのネクタイにタイピンをつける。
しかしその手は、役目を終えてもそこにあった。
「スミス」
「何かね?アンダーソン君」
まるで意地の張り合いのように、スミスもその手を払おうとはしない。
「あんた・・・このスーツを脱ぐ事はできるのか?」
「なんの話だ」
「このシャツの下には…ちゃんと身体があるのかと思ってね」
ネオの指が、目の前の存在を確かめるように白いシャツの上を這う。
指先がスーツの下に潜り、鎖骨の堅さをなぞってゆく。
そのままスーツの襟の片側をはだけさせ、シャツの肩を露わにさせると、ネオは満足そうに手を滑らせた。
「気が済んだかね?」
呆れたような声で言うスミスに、ネオは笑いかける。
「多少は…」
「なら、もういいだろう」
かすかに身体を捩るようにして、スミスはネオの手を払う。
そして、ネオのせいで着崩れてしまったスーツの襟を整え、もう一度ネクタイを直し、タイピンを付け直した。
その様子を、ネオは興味深げに眺めていた。
「何か?」
ネオに笑みの気配を察して、スミスが問う。
「いや・・・」
呟きとは裏腹に、再び指が真っ白なカラーの稜線をなぞる。
「・・・堅いな」
「・・・・・・?」
「あんたはこの真っ白なシャツと、そのスーツで武装して、何を護ろうとしてる?」
「君に答える必要があるかね?」
「いいや」
笑みを含んだ声で囁き、ネオはその堅いカラーに口づけた。




風を斬る拳を間一髪で避けたネオは、そのまま勢いをつけて、そそり立つビルの壁を駆け上がった。
壊れかけた非常階段の踊り場に辿りつき振り向くと、こちらに銃を向けているスミスが見えた。
夜目にも白い花のように。
シャツの胸元がまるで光を発しているようで------
「あんたが何処にいるか、よくわかるよ」
「アンダーソン君!」
怒号と共に、デザートイーグルの50口径が火を噴いた。

銃弾をかわしながらネオは思う。
たとえどれだけ同じ姿をした者が居ようと・・・・

「あんたは "一人--The One" だ」

そう呟くと、空高く舞い上がった。




- end -


やっぱスーツは萌えるなぁ♪
何たって男の戦闘服ですからね〜!
ほんでイラストは、やっぱり『これ』しかないかと・・・
いったいドコまで行くのやら・・・(爆)
<03,06,08・10>