贖いの天使


「何をしているの?セラフ」
不思議そうなサティの呼び掛けにセラフは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
卓の上に卦座したセラフの顔を下から覗き込むように見上げる少女の頭を左手でくしゃりと撫で、組んだ足を解いて床に降り立つ。
しなやかな動作に見惚れるサティ。
「何を、とは?」
オラクルの呼び出しが無い時、セラフは大抵この部屋で瞑想している。
それを知っている筈のサティが眉をしかめて言いつのる。
「だって、いつもと違うもの」
いつもの瞑想ならばサティも邪魔をしない。
けれど、今日のセラフは違ったのだ。
どこがどう違うと説明出来ないもどかしさに、サティがますます顔を歪める。
泣き出しそうな少女を困ったように見下ろすセラフ。
そっと彼女を抱き上げて卓の上に座らせた。
「何か?」
用があって自分の元に来たのだろうと促すと、サティはハッと思い出したように笑った。
「オラクルがね、クリスマスノエルを焼いたから一緒に食べましょうって」
お菓子作りはオラクルの趣味だ。味覚に特にこだわりの無いセラフは甘いものでも平気なので、よく御相伴にあずかる。
「分かった」
軽く頷くセラフにサティが尋ねる。
「クリスマスって何?」
「人間達の神が誕生した日だそうだ」
偽りの世界で何も知らずに自分達の造物主を讃える人間達。
だがこの世界に有るのは『機械仕掛けの神』だけ。
街を彩るイルミネーション。誰もが浮かれて騒ぐ。
「何故、人間はこんなものを飾るの?」
「?」
訝しむセラフに、オラクルから貰った十字架を見せる。
両手足を磔にされた神の子を指して、サティが首を傾げた。
「彼は何の罪を犯したの?死体すらも晒し者にするなんて」
素朴な疑問。
その屈託の無さにセラフは苦笑する。
「これは贖罪」
サティの持つ十字架を指先で軽くなぞりながらセラフが呟く。
「彼自身は何もしていない。ただ神の子として生まれただけだ」
「それが罪なの?」
「人々の罪を肩代わりしている。全ての罪を彼が背負ってくれているから、人々は幸せに暮らせるのだと思っているらしい」
人間達の感情が理解出来なくて、サティは否定するように首を振った。
「他人の罪を代わりに償う事は出来ないわ」
「そうだな」
プログラムには決して理解出来ない感情。
人とは何と不条理な生き物なのか。
オラクルは何故、彼等を助けようとするのだろう?
己の身を犠牲にしてまで?

目を伏せて何かを考え込んでしまったセラフを見ながら、サティはケーキを焼きながらオラクルが話していた事を思い出す。

『セラフには悪い事をしたわ』
生クリームでケーキの仕上げをしながら、オラクルが溜め息をついた。
『彼は自分を責めてる。私を守りきれなかったと・・・』
『・・・ごめんなさい』
『あなたに責任はないわ。他の誰にもね』
生クリームの付いた少女の頬を優しく拭ってやりながらオラクルが微笑う。
『仕方がないわね。これは私の選択』
キッパリと言い切ったオラクルにサティが呟く。
『セラフは貴女を大事に思っているから』
『分かっているわ。さぁ、出来た。彼を呼んできてくれる?サティ』
『Yes,maam.』
エプロンを外してキッチンを出ようとしたサティは、オラクルが何かに祈るように胸の辺りで十字架を握りしめるのを見た。


今、何故かサティの目には、何かに苦悩するかのように目を閉じたセラフの顔と十字架に掛けられた神の子の表情がダブる。
サティは先程感じた違和感の正体に気付いた。
あれは瞑想ではなくて、祈りだったのだ。

『他人の痛みを代わりに担う事も出来ないわ』
声には出さず唇だけで呟いて、サティはセラフを促した。
「オラクルが待っているわ」
セラフがサティを卓から抱き上げる。
間近に見た彼の瞳に何故か胸が苦しくなって、サティはセラフの首に手を回しギュッと抱きついた。
「サティ?」
抱き上げた少女にしがみつかれて、セラフが困惑する。
何も答えずにサティは更にきつく彼を抱きしめた。
腕の中の慣れない温もり。
じんわりと伝わる体温。
覚えの無い、だがどこか懐かしい感覚にセラフは戸惑い、宥めるようにサティの背を撫でた。
セラフの服を掴んでいたサティの手から力が抜ける。
セラフがそっと彼女を床に下ろした。
サティはセラフを見上げて何も無かったように笑う。
「行きましょ」
セラフの手を引いて歩き出すサティ。
変わらないその様子に、セラフも何も問わない。今の行動はいったい何だったのか?
セラフには分からない。
サティにもまだ分からない。
答えを知るのはただひとり。

オラクルだけなのかも知れない。




-end-

<03,12,27+12,30加筆>

------以上。2日遅れのクリスマスネタでーす。あーしんど  by Kao.N



携帯メール25個分のセラフSS〜!
ついにゲット!だぜ〜♪
つか、タイトル人任せにするなよ〜・・・(汗
そんなワケでタイトルは中原の独断です。
嗚呼・・・能が無いタイトルでスミマセン・・・・

感想など頂けると、もっと書いてくれるかもしれません。
ヨロシクね。


『ラスト送るの忘れた〜!』と
また携帯メール5つ分加筆しましただ・・・