WILD  FRONTIER  EX  −1−
 
  

 私の名はグロールフィンデル。ゴンドリンの金華家の宗主だった。

 しかしゴンドリン陥落の時、キリス・ソロナスでやらかしたバルログとの果し合いにおいて、相手と共に谷底に落ちるというドジをやらかし、『マンドスの館』入りとなってしまった。


 さて時が経ち、やっとこさこちらに戻ってみれば、世界は相変わらず落ち着かなかった。
 騒がしている奴の名がモルゴスからサウロンに変わっただけで、やってる事は同じ。
 ちょっと違うのは、今回は『力の指輪』なるアイテムが登場していた事だろうか。 

 その指輪の所有権を巡って、エルフとサウロンは一触即発。戦いは避けられそうも無いところまできていた。

 こちらに戻った私は、リンドンの上級王ギル=ガラドの元にいた。
 前世、我が主君だったトゥアゴン王の死によって、中つ国於けるノルドオルの上級王に指名されたらしい。
 なんとあのフィンゴン王の息子の小さかったエレイニオン坊やが今じゃ立派なエルフの王となって、サウロンとやらとタイマンはってるんだから、やはり時が経ってるんだなぁ・・と実感した。
 我が主君トゥアゴンは、ゴンドリン陥落と共に討ち死されてしまったが、その奥方のイドリル様と息子のエアレンディル様は、無事逃げ延びた。
 もちろん、そのために私はバルログと戦ったのだから、当然だが。
 そのエアレンディル様は、やはり別の戦いで落ち延びてきた族の娘、エルウィングと結婚し息子が2人いたという事だった。

 ところが驚いた事に、父君エアレンディルと同じ半エルフのお2人は、自らの生を選択できる機会が与えられたとき、お一人は人間になってしまわれたとかで、もうこの世にはいなかった

 ヌメノールと呼ばれる人間たちの島の初代王だったらしい。
 そしてもうお一人はエルフの生を選び、ここリンドンにいた。
 
 皆から畏敬を込めてエルロンド卿と呼ばれている彼は、それはすごい美形だった。
 父君のエアレンディル様も、光り輝くごとくとまで言われた方だったが、エルロンド卿の美しさは、それにも優るものがある。
 母君のエルウィングなるご婦人は、やはり半エルフでマイアの血が入っていたとか。
 エルロンド卿の美しさは、エルフだけじゃない、いろんな種族のいいトコ取りの集大成というところだろうか。
 そしてその美しさに見合う知性と教養。それでいて戦士としても申し分ない勇敢さを具え、物腰ひとつとっても総てが皆の目をひかずにはおれなかった。
 そんなだから王ギル=ガラドも、傍において寵愛していた。
 

 さてさて・・・。
 自分としては、やはり元々の主君トゥアゴン王の血筋の方にお仕えしたいと思っていたから、それがエルロンド卿なら願ってもない事だ。
 ところが思ったよりガードが堅く、中々近づくことができないのが現状だった。
 これはやはり、下心を見透かされたか?と、しばし反省。
 お仕えしたいのは事実だか、その相手があーんな美形じゃ、それ以上に親密になりたいと思うのは当然だろう。
 さすが、上級王ギル=ガラド。こちらの思惑を見抜いたのか、なるべく2人だけになれるような状況を作らせないのだ。
 もちろんそんな事でめげていては、金華公の名がすたるというもの。闘志を燃やすのはバルログとの戦いだけじゃあない。
 バルログ・バスター、金華公。自分の活路は自分で掴み取るのが信条。
 相手にとって不足なし!いつかお傍に行かせていただきます!!とばかり、握りこぶしに力を込めた。
 
 そうこうするうち、ついにサウロンが行動をおこし、力の指輪を作った細工師ちたちを捕らえるためエレギオンに攻め入ったという知らせが入った。
 ギル=ガラドは救出のため、軍を急ぎ向かわせる事にした。
 指揮官はエルロンド卿。無論、自分も志願したのは言うまでも無い。
 しかし。
 思ったよりもサウロンの軍勢は強大だった。
 エレギオンを護っていたケレボルンの軍と合流したものの、すでに中には入れなくなっていた。
 サウロンの軍勢は、なんと金属細工師のケレブリンボールの遺骸を柱にくくりつけ、幟の如く掲げて攻撃してきたのだ。しかも、エルロンド卿を重点的に。
 激しい戦闘の中、こちらの軍勢は散り散りばらばらで、被害がどのぐらい出ているのかすらわからない。エレギオンの救出どころか、自分たちを護るのが精一杯の状況の中。
 ひときわオークどもが集まっている所が有った。
 他のオークもそこに向かっているらしいと気がついて、急いで向かう。当たるが幸いと、行く手を阻むオークどもを剣で薙ぎ倒し、その中心に割って入った。
 死者累々。見渡す限りのエルフの戦士とオークどもの死体の転がる中に、なんとエルロンド卿の姿があった。
 足元に一瞬気をとられた隙に、一撃を喰らって倒れたところだった。
 いやもう、久しぶりに血が燃えました。瞬時に沸騰点到達!
 指輪の所有権がどーなろーと、中つ国がざわめこうが知ったこっちゃない。
 しかし、エルロンド卿だけは無事でいて欲しかった。なんたって私の新しい人生の希望の星だ。
 エルフの生は長い。この世が終わるまで続く。そんな人生、楽しみがなかったらやってられないじゃないかッッ!
 我が主君に汚い手で触るんじゃねぇ!とばかり、オークどもを切り捨てて、意識の無いエルロンド卿の身体を肩に担ぐと、その場は一時退散した。

 隠れるところを探して岩陰を走った。
 なんとか入り口を蔓に覆われた洞窟を見つけ潜り込んだのは、もう薄暗くなる頃だった。
暗くなるとオークどもの動きがますます活発になる。その前にもっとうまく隠れる場所を見つけなければ拙い・・・・
 などなど考えながら、その実意識のほとんどは、今、自分の腕に抱いている人物にあった。
 エルロンド卿。夢にまで見た2人っきり。しかも意識が無いときている。
 これって据え膳?美味しく頂いちゃってもいいカンジ?
 いやいやいや。不肖このグロールフィンデル。金の華とまで謳われている誇り高き戦士である。そんな卑怯な真似はできない。
 それにやっぱり、意識の有るほうが楽しいだろう。いろいろと・・・♪
 そんなわけで、今はその華の顔(かんばせ)を眺めるだけにとどめておく事にした。
 顔に血の気はなかったが、肌は滑らかで光り輝いているようだ。それを夜明け前の空のような光を含んだ黒髪が縁取っていた。
 体つきはノルドオルの基準からすると少し小柄なような気がするが、華奢とはいえしっかりしている。もちろん抱き心地は満点♪
「あ?」
 思わず噴出しそうになってしまった。
 意識が無いというのに、エルロンド卿の眉間にはシワが刻まれているのだ。もっともそれは今に限った事ではなく、いつでも同じだったが・・・。それが彼の美貌を損ねる事はなかったが、やはり気にはなっていたのは事実だ。
「そうか・・・・」
 思えばエルロンド卿の人生は、ひどく波乱万丈なのだ。
 幼い時にシルマリルに絡む争いで両親を失い、捕虜にされ、その親の仇ともいうべき相手に育てられたと聞く。
 そいつとの間に愛情が芽生えるほど大事にされたそうだが、やはり親の仇。ほんとのところはどうだったのか・・・かなり心中複雑だったはずだ。
 そしてそれらに収集がついて、ギル=ガラドの元に来たわけだが、自らエルフの生を選び取った者として、どこへいっても注目されていたのだ。
 我儘とか、自分のしたいようにとか、あまりできない環境の中で、いつも自分を律し、抑え、他からの目を常に意識してきたのだろう。
「そりゃ・・・眉間にシワもできるだろうさ・・・」
 私は小さくため息をついた。
 自分との同族が一人もいないこの世界で、たった独り、誰に頼ることなく、眉間にシワを寄せて自分の足で立っている、綺麗な綺麗な彼。
「ほんとになぁ・・・」
 なんだかとても愛しくなった。
「貴方の事は、この私が護りますから。命にかえても」
 そう囁いて、眉間のシワにそっと口付けした。
「・・・・ん・・」
 エルロンド卿が微かに呻いて身じろぎした。意識が戻ってきたらしい。もう少し顔を眺めていたかったが、まぁ仕方が無い。
 何か夢でも見ているのか、何か呟いている。
「・・・ならば私の死も・・・・少しは価値があるというものだな・・・・・」
「何を言うのです!」
 思わず怒鳴っていた。
「貴方の価値は、決して死などに在りはしない。生きて、その存在全てがかけがいのない価値なのです。しっかりして下さい!エルロンド卿」
「お言葉は嬉しいが・・・貴公は・・・」
 ゆっくりと白い瞼が上がり、晴れた空の夕暮れの色のような瞳がこちらを見た。
「グロールフィンデルです。大丈夫。オークどもは撃破しましたゆえ」
「おお・・・金華公か」
 疲れきったような顔に、微かに笑みが浮かんだのが嬉しい。
 しかも自分の身より、こちらの身を心配してくれたのだ。
「彼奴らの求めておるのは私だ。貴公お一人なら動き易い。それ故早く、ギル=ガラドの元へと!」
 そんな事、出来るわけが無い。彼を置いて逃げるぐらいなら、ここで共に死んだほうがましだ。
 論争している時間は無いようだ。エルフの耳はいい。徐々に近づいてくるざわめきを察知した。
「おのれ・・・オークども!」
 お楽しみの時間を台無しにしやがってっっ!許さん!!とばかり、私はエルロンド卿を残して洞窟の外に飛び出した。
「ご無事で・・・金華公・・・」
 妙に晴れ晴れとした声が、背後にそう聞こえた。
 もっと自分を大事にしなくちゃダメだって。エルロンド卿!
 そうボヤキながら私は、追っ手たちを惑わす細工をいろいろと仕掛けて再び洞窟に戻った。
「・・・・・・何故!?」
 戻ってきた私を見たときの卿の顔。安堵と怒りが綯い交ぜになって、震える声も色っぽくて、物凄く魅力的だった。
「貴方と共にと、言ったはずです」
 置いていけるワケないだろう。こんなに綺麗な、誰にも頼らず自分独りで生きてる卿を。
 そんな奴がいたらお目にかかってみたいものだ。もっもとその時は、私の剣がお相手するが。
 ギル=ガラドも、あのサウロンでさえ卿を手中にしようと必死だ。
 ふふん。燃えるぜ!相手にとって不足無し!!
 エルロンド卿は、このバルログ・バスター、多くの詩にその剛勇さを歌われた金華公、グロールフィンデルが護ってみせるっ!
 ふらつく卿の身体を支え立たせて、洞窟の奥へと連れ込む。いや、隠れるために。
 なんとかいい具合に2人で身を隠せる窪みに潜り込んだのと、オークどもがやってきたのとはほぼ同時だった。
 オークどもの上げる身の毛もよだつような耳障りな声も、生死がかかっているというこの状況も、私は少しも気にならなかった。
 なにしろ腕の中にはエルロンド卿の緊張した華奢な身体があるのだ。しかも隙間無くぴったりとくっついて息を殺している。
 この状況がどれだけ続いても、別に私は構わない。いやむしろ長引いてくれ、とさえ思っていた。
 どれぐらいそうしていたか。ふいにエルロンド卿が動いた。出て行こうとしていると悟って、慌てて引き止めた。
 私が出て行けば・・・そう、私を見る卿の目が言っていた。
 そうすれば貴公は助かるのだから・・・と。
 まったく!!
 もっと自分を大事にしないとダメだって。そんなに簡単に自分を投げ出してしまってどうするんだ?
 見つからないように目だけで語り合ったものの、エルロンド卿は聞き分けなかった。出て行こうと身を離す。
 瞬間、頭に血が上った私は、かなり強引に卿の身体を引き寄せた。
 そしてそのまま勢いで、唇を奪った。
 驚いたように見開かれた目が、私を見ていた。それに笑みを返す。
 貴方を行かせる訳にはいかない。たとえ見つかったとしても、私が護ってみせる・・・
 そう伝えたつもりだ。
 それにどうせイかせるなら、この私が・・・♪そんな悪戯心もわいていた。
 逃げようとする身体をしっかりと抱きとめて、さらに深く唇をあわせた。息苦しさからか、エルロンド卿の口が僅かに開く。すかさず舌を滑り込ませたら、平手打ちが飛んできた。
 すんでのところでその手を掴んで事なきを得た。当たったら音が出る。あの鋭さなら、きっと大きな音がするだろう。
 不発に終わった平手打ちにくぐもった不満の声を漏らす卿の唇を、さらなる熱意を持って塞ぐ。その口内を侵入させた舌で思う存分蹂躙して、逃げる舌を絡め取った。
 その動きに合わせて腕の中の身体は、震え、悶え、逃れようと身を捩る。
 それが全て無言のまま続けられるのに、また堪らなく挑発された。
 戦うための鎧甲冑。相手の攻撃から身を護る為の装束だが、こんな時には役にたたない。特にエルロンド卿の甲冑は首の周りとかに隙がありすぎた。
 首筋に唇を這わせながら、腰のサッシュベルトを解く。そのまま脇に手を回して留め金を外す。面倒極まりない装束だか、熟知していれば何のことは無い。
 出来た隙間から手を忍び込ませ、薄手の鎖帷子の上から胸に指を這わせた。
 卿の身体が震え、上げそうになった声を堪えるためか、両の腕で私の身体にしがみついて来た。
 辺りには静けさが戻っていた。すでにオークどもは他を捜しに去っていたが、どうやら卿はその事に気付いてないらしい。声を上げまいとしている。
 いや、まったくもってそそります。そのうっすらと上気して染まった顔。声を必死に堪えようとしてできた眉間のシワ。
 しっかりとしがみついている身体をそっと抱え、もっと広い場所に移った。
 手早く甲冑を脱がせ、自分のも脱ぐ。どうやら初体験らしい感覚に、卿が朦朧となっているうちに脱がせないとね。正気に戻ったら、また平手打ちが飛んでくるだろうから。
 いくら苔むして硬さが和らいでいるとはいえ、冷たい岩の床に裸の卿の身体を横たえるわけにはいかない。抱きかかえるようにして膝の上に乗せ、そのまま滑らかな肌の感触を舌と唇で思う存分堪能した。

 白い肌の上に散る、自分の残した痕を消すようにまた痕を残す。その度にエルロンド卿の肢体が震え、声を上げまいとしがみついた手が、私の背中に爪をたてる。
 もうほとんど意識なんか無いらしい。無意識の反応。
 なんだか少々後ろめたくなって、あらためて優しく抱きしめると、相変わらず寄っている眉間のシワにキスを落とした。
 追い詰められて疲れきっている相手に対して、フェアじゃなかったかもしれないな・・と、閉じた睫毛が頬に濃い影を落としているエルロンド卿の顔を見つめながら、しばし反省した。
 自分のマントを敷き、その上に卿を寝かせ、卿のマントを掛ける。二つとも薄手の物だが無いよりはマシだろう。特に苔の密生している場所を選んだから、寝心地はそう悪くないはずだ。
 ひとつため息をついて、手早く自分の戦装束を身に着けた。 
 少し頭を冷やして来よう・・・
 そう呟いて、黎明の光の中、エルロンド卿の眠る洞窟を後にした。


 頭を冷やして、ついでに辺りを偵察して戻ってみると、エルロンド卿は起きていた。
 声をかけると、マントを身体に巻きつけて、俯いたまま黙っている。
 気分が悪いのかもと様子をみようと近づくと、卿は素早く身を引いて、巻きつけたマントを固く握り締めた。
 やっばりかなり拙かったか・・・・
「私の衣類は・・・どこに?」
 抑えた声が問う。
「ここにあります。身に着けるのを、お手伝いしますよ」
「ひとりで結構!」
 思いっきり拒絶の言葉を投げつけながら、エルロンド卿は衣類に手を伸ばす。その身体が大きく揺らぐのを慌てて受け止めた。
「大丈夫ですか?無茶をしないで下さい。今の貴方は本調子ではない」
「誰のせいだ・・・・・」
「え?」
「その原因のいくらかは、貴公のせいではないのか」
 抑えた口調ながら、怒りがビンビン伝わってくる。弱々しいながらも、私の身体を押しのけようとする腕からもそれは伝わってきた。
 でもだからって、ここで離すわけにはいかない。
 何があっても自分を見失わない卿の事が、ますます愛しく思えた。
「離せ!」
「否です」
 そう。離せるわけが無い。この手を離したら、きっとまたひとりで出て行こうとするに決まってる。他の者を逃がすために・・・・
「私は貴方と共に居る。卿のお傍に在りたいのです。決して貴方を離したりはしない!」
「金華公・・・・」
 静かなエルロンド卿の声が胸に沁みる。私が仕える相手はこの方しかいないと確信した。
「グロールフィンデルです。そう御呼び下さい」
 卿の身体をそっと座らせ、その前に片膝をついて頭を垂れた。
「私は貴方のものです。エルロンド卿」


 再び戦装束を身にまとい、陽光の中に立つエルロンド卿は美しかった。
 まだ窮地を脱したわけではない。安全な場所に辿り着くまで、何があっても彼を護るのだと、そう心に誓う。
 そして未来永劫、この世が終わる日まで、彼の傍に居たい。

 その彼が私に向かって微笑むのを夢心地で見ながら、心からそう願ったのだった。




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