break free

 エレギオンからの敗走は続いていた。
 未だ追手はかかっている。数え切れないほどのオークの群れが襲ってくる。
 指揮官だったエルロンド卿を捕囚にするために。

 
 もう何度目かの追手との小競り合いを終え、グロールフィンデルは剣を鞘に納めた。
 あたりは打ち倒されたオークどもで埋まっている。
 その只中に、やはり剣を納めたエルロンド卿が立っていた。

「エルロンド卿!」

 グロールフィンデルの声に顔を上げたエルロンドの口元が微かに歪む。
 
 元は自分と同じエルフだった者たちの屍が累々と続く・・・
 しかも自分一人を捕らえるために差し向けられた者たちなのだ。

 そんな思いから、知らず浮かんだ自嘲だった。
 素早くそれを見て取ったグロールフィンデルは、足早にエルロンドの傍に走り寄る。

「さあ、先を急ぎましょう。他の者達がこの方向に来たのは確かです。一刻も早く合流しなければ」

「・・ああ・・・そうだな」

 返事とは裏腹にエルロンドは動こうとはしない。

「卿?どうされました」

「・・・いや」

 返事を聞くまでも無く、グロールフィンデルにはわかっていた。
 自分に追手がかかっているのを知っているエルロンドは、自分と合流する事で、他の者達に危険が及ぶのを畏れているのだ。

「皆、指揮官である卿を捜しているはず。早く合流して態勢を立て直すのです」

「わかっている」

「それに、早く卿のご無事な姿を見たいと思いますよ」

「私など・・・」

 その後の言葉は聞こえなかったが、だいたいの想像はつく。
 グロールフィンデルは小さく息を吐いた。

「エルロンド卿。失礼いたします」

「なに・・・?」

 言葉と共に深く一礼をしたグロールフィンデルは、立ち尽くすエルロンドの腰に腕をまわすと、有無を言わさず肩に担ぎ上げた。

「何をするっ!」

「先を急ぎますゆえ」

「降ろせ!自分の足で歩く!」

「卿におかれては、お疲れのご様子。今は私が馬となりますゆえお休み下さい」

「グロールフィンデルッッ!」

 背中をうつ拳と、抗議の声。それをまったく無視するかのように、グロールフィンデルはエルロンドを肩に担いだままその場を足早に離れた。



 敵から発見される心配の無い岩棚には、気持ちのいい芝草と、小さな花がまるで何かの奇跡のように咲いていた。
 そこで漸く肩から降ろされた頃には、エルロンドも諦めたのか静かになっていた。
 無論、疲れていたのは事実だ。
 しかしそれ以上に、これがグロールフィンデルの心遣いだとわかっていたからだった。
 ここにくるまで、何度も自分をおいて行くようにと告げた。
 上官としての命令として。
 しかしグロールフィンデルは、あくまでもエルロンドの傍を離れようとはしなかったのだ。
 きっとこの先もそうだろう。
 エルロンドは薄く笑みを浮かべた。

「火急の事とはいえ、失礼仕りました」

 グロールフィンデルがエルロンドの前に膝をつき、頭を垂れる。

「いや・・・私こそ、すまなかった」

 ふわり・・・と、頭を垂れたグロールフィンデルの髪に、エルロンドの指が触れた。

「何か?」

「いや」

 そのまま手触りを確かめるように、一房の髪を指で弄ぶ。

「貴公の事を謳った歌は多い。それによると、キリス・ソロナスでのバルログとの一騎打ちで死んだ貴公のために、奥津城が造られたと・・・・」

「はい。ソロンドオル殿が深い谷底から私の亡骸を運び上げてくれましたので。そのまま山道の傍らに、皆が石の塚を築いてくれたようです」

「そこにはやがて緑の芝草が生え、黄色い花々が咲き出でたと聞いているが。今も咲いているのだろうか?」

「さあ・・・どうでしょう?」

「その花は・・・やはりこのような色なのだろうな」

 そう呟くと、エルロンドの指は金色に輝く髪を離してグロールフィンデルの頬に伸びた。

「不思議なものだな。貴公はこうして生きておるのに。貴公の奥津城にはその髪と同じ色の花が咲いておるのだとしたら・・・」

「不思議ですか?」

「ああ。それとも貴公は、やはり・・・死んでおるのか?」

 頬に触れた指が、躊躇いがちにその形を辿っているのを意識しながら、グロールフィンデルはその指の主に微笑みかけた。

「確かめて・・・みますか?」

 囁きと共に両腕でエルロンドの身体を抱き寄せ、唇を重ねた。




 エルロンドの裸の腕が、寄る辺を求めるかのように伸ばされるのを、グロールフィンデルの手が優しく掴まえる。
 何も身に着けるものの無いエルロンドの身体が、グロールフィンデルの腕の中にあった。

「あ・・・ああ・・は・・」

 背に回した手に身体を預けたエルロンドの項に唇を這わせながら、もう一方の手で腿の内側を撫でる。
 グロールフィンデルの動きにあわせ、熱を帯びた声がエルロンドの唇から零れ、次第に甘さが含まれていった。

「グロール・・・フィン・・・デル・・・」

「はい」

 名を呼ぶ声も、それに応える声も蕩けるように甘い。

「マンド・・スの館とは・・・どのような・・処なのか・・・」

「・・・何故です・・・?」

「貴公・・・の他に・・・還って来た者は・・・それ故・・・」

 その問いには応えず、かわりに愛撫する手に熱が帯びた。 

「は・・・っ!・・・あああ・・・・」

 エルロンドの唇から、花が散るような声が零れ落ちる。
 
 それを摘み取るように唇を合わせ、舌を忍び込ませた。

 甘い口内を思う存分蹂躙したあと解放する。

 熱い息をエルロンドは、細く、長くついた。

 グロールフィンデルは、いまや彼に身体の重さすべてを預けたエルロンドをうつ伏せに寝かせると、わずかに身を離して、その白い姿態を見た。
 再度触れる前に、目でも楽しんでいた。
 そして、満足そうな息を漏らした。

「・・・何・・だ・・・?」

 問いかけるエルロンドに、グロールフィンデルは手を背中に滑らせた。

「いえ・・・マンドスの館についてのご質問ですが」

 そう呟きながら、今度は背中に唇を這わせ始める。

「あぁ・・・うっ・・・ん・・・く・・・」

 グロールフィンデルの動きに合わせるように、エルロンドは喘ぎ、手が奇跡のように咲いている小さな花々の中で握りしめられる。

「どのような事を・・・お聞きになりたいのです?」

 ぴったりと身体全身を後ろから密着させ、乱れた黒髪からのぞく耳に、愛撫するようにグロールフィンデルが囁く。
 手が顎を捉え、指が唇をなぞっている。そしてもう片方の手は、エルロンドの一番敏感な箇所に滑り込んで、優しく愛撫していた。

「・・・・どうされました?ご質問はないのですか?」

 優しい声で、意地悪く囁く。

「ああ・・はぁぁ・・・ん・・・・あああ・・・っ!」

 今のエルロンドに喘ぎ声以外に、声を出す余裕は無かった。
 肌は先ほどからの愛撫も相まって、すでに綺麗な色に染まり始めていた。
 それを堪能するように、グロールフィンデルは、顎を捉えていた手をゆっくりと胸の上に滑らせる。

「実は何もお答えできないのです。あそこでの事は・・・・すでに、忘れてしまいました」

 耳の形を唇でなぞりながら、グロールフィンデルは囁いた。

「今の私にとって、貴方だけが・・・この世界のすべてなのですから」 

「そのようなことを・・・」

 熱い息の下からエルロンドが呟く。

「本当です。何度、マンドスの館に行こうとも、このグロールフィンデル。必ずや貴方の元に還ってまいります」

「グロールフィ・・・・」

「お約束します。エルロンド卿」

 愛撫がさらに激しさを増し、エルロンドの身体が熱を帯びてさらに綺麗に染まっていった。

 熱く激しいグロールフィンデル自身に、その身の内に侵入されて、エルロンドの意識は、その熱に呑み込まれる様に遠のいてゆく。
 
 その中で聞いたのは、グロールフィンデルの祈りのような言葉・・・・

「貴方は、何があろうとも、この世界に留まっていて下さい。私の還る唯一の標として・・・・!」




 今、この場所に、奇跡のように咲いている小さな花々は、その言葉の主の髪と同じ色をしていると・・・・
 
 そんな事を思いながら、エルロンドは夢見るように意識を手放した。
 
 
 

                       −fin−

 



    −漆黒のビロードに金糸の刺繍・・・趣味に走ってみました・・・いかがでしょう?−0212,16-