St.VALENTINE'S DAY企画(ベタな壁紙お送りします^。^)

-Spiritual food-   

その日。
朝から裂け谷では、何時に無く甘い匂いが漂っていた。

どちらかといえば木々の、良く言えば熟成された香りとゆーか、早い話、終り行く秋の香りが常の裂け谷だ。
その甘い香りは、皆の注目を引くに充分だった。


さて。
裂け谷の主であるエルロンドも、当然その甘い匂いに気付いていた。
何故か朝から、谷全体がざわざわと騒がしい。
その匂いのせいで、皆、浮き足だっている・・・そんな感じだった。
何か騒ぎが起こる前にと、エルロンドは匂いの元を捜す事にした。

裂け谷には、難を逃れてやって来た様々な種族が棲んでいる。
その生活様式の違いから、やはり種族別に固まってしまう傾向は否めない。
匂いを辿って行き着いたのは、人間たちの居る区域だった。

「アルウェン?」
「あら。お父様」
娘のアルウェンが、厨房と思しき場所で、せっせっと何かを作っていた。
「何をしておるのだ?」
「何って?バレンタインのチョコレートを作ってるんです」
「バレンタイン?」
博識をもって知られるエルロンドだ。チョコレートという食べ物は知っている。
しかしバレンタインとは、終ぞ耳にしたことのない言葉だった。
「何かね。そのバレンタインとは?人間の行事か、何かか?」
「ええ、そうよ」
そう応えながら、アルウェンはポッと頬を染めた。
何故だか嫌な予感がして、エルロンドの眉間が反応するように皺を刻んだ。
「年に一度、女から男へ、チョコレートに愛を込めて贈る日なんです」
父親の様子に気付かず娘は、得々と何故チョコレートを作るかを告げる。
「ですから私。日頃会えないアラゴルンへの愛を、このチョコに託して贈ろうと思いましたの」

ああ、やはり・・・

予想はしていたものの、こうもはっきり言われると悲しいものだとエルロンドは思った。
あの「夕星」とまで謳われる美しい娘が、その星の光を宿した夜の色の髪を一つに束ね、さらには雪と見まごう白い指先を茶色に染めている。一人の男のために・・・
しかも、それは、自分の養い子だった人間の。

はぁ・・・と溜め息が、知らず口をついて出た。

「お父様」
呼ばれて顔を上げると、はい。と小さな欠片を口に入れられた。
それは甘く、口の中で蕩けた。
「御用がお済でしたら、出て行っていただけます?ここ狭いものですから」
時間が大切なんですの。
父の心、娘知らず。アルウェンに促されて、エルロンドはその場を早々に後にした。



「父への愛は・・・」
無いのか?と、ついボヤキたくなるのをグッと押さえ、エルロンドはいつものバルコニーのベンチに腰を下ろした。
ブルイネンの水音が何時に無く遠い。

長く生きると、いろいろな事に遭遇するものだ

そう、取り留めの無い事を考えながら、その実、今この事に一番動揺している自分が可笑しかった。
「エルロンド卿」
いつの間にか、傍らにグロールフィンデルが立っていた。
「ああ・・・貴公か。何かあったか?」
「いえ、特には」
気遣うように、ベンチの隣に腰を下ろす。
「どうされました?お疲れのようですが」
「いや・・・」
くすり・・・と自嘲のような笑みが、エルロンドの口から漏れる。
「朝から谷中に漂う、あの甘い匂いに中てられたらしい・・・」
「ああ・・・」
グロールフィンデルは、かの方向に視線を流す。
「アルウェン様がお作りになってるモノですね」
「知っておるのか?」
「朝から気になって」
皆、覗きに行ってますよ。と、この察しのいい金髪のエルフは微笑んだ。
「そうか・・・」
では皆に、あのように説明をしておるのか・・・と、さらに気が重くなる。
そんなエルロンドの心中を知ってか知らずか、グロールフィンデルは先を続けた。
「しかし誰も中には入れてもらえず、詰まる処、あれはいったい何なんだ?と、皆、不思議に思っておりますよ」
卿はご存知なのですか?と楽しげに尋ねてきた。
「ああ、いや」
あれはチョコレートいう物で・・・と語りながら、エルロンドは気分が少し軽くなったような気がした。
「ほんの小さな欠片だったが、あれは、とても甘いのだ」
そう。自分には、味見をさせてくれたではないか。
「おや。卿は味見をされたのですか?」
「ああ」
表情の明るくなったエルロンドに、グロールフィンデルはホッとしたように顔を寄せた。
「卿」
「んん?」
「私にも味見を、お許し下さいますか?」
「さて?それはアルウェンに訊かねば・・・」
「いえ。私がしたいのは」
グロールフィンデルは、蕩けるような笑みを浮かべる。

卿がお食べになった欠片の味見にございます


そんな囁きが、甘く聞こえた。






<2004,バレンタイン・ディ仕様>

『王の帰還』日本公開日でもある本日
どっぷり父親なエルロンド卿を〜!
早く観に行きたいよ〜〜〜!!