小さい二輪車ライフ、小さい旅

最終更新日: 2010/10/31

安芸灘とびしま〜しまなみ海道 2010/10月

  1日目    >2日目

また行ってしまいました、瀬戸内海に。
昨年2回目のしまなみ海道を走ったばかりなのに、その魅力は少しも色褪せることはなく、むしろ他の島々への興味を増すようにもなりました。
そんなとき目にしたオートバイ雑誌に載っていた「安芸灘とびしま海道」。オートバイではもちろん、自転車でもアプローチしやすく橋が架けられた島々へ、わけもなく行ってみたくなったのです。足早に通り過ぎてしまうようなスタイルの旅ではなく、じっくりとそれぞれの島々の空気を体感する旅へ。

1日目 自宅→ 呉

昨年と違い、何も忘れ物はありません。体調も悪くありません。自転車を重く感じるのは数泊分の荷物を詰めたパニアバックのせいです。
当日の朝だというのに なぜか旅気分になれないのも昨年と違うところ。
それは初めて訪れる今日の目的地のせいなのか、日ごろの市場経済活動と日本的集団組織活動のストレスなのか、あるいは昨日までの風邪のせいなのか。
ともかく少し変なのです。楽しい旅の始まりなのに。体調も悪くないのに。体脂肪率だって昨年の14%から、今年は12%に改善しているのに 自分の体がどことなく重い。

微妙な気分のまま、最寄り駅まで走って輪行作業。ここは地方の駅で、規模も大きいわけではないものの、どことなく落ち着かない雰囲気です。そんなことを、旅の初めにいちいち気にしている自分は、やっぱりどこかおかしいですね。

作業は20分少々で終了。輪行袋を持った瞬間は それほど重くはなかったものの、階段を降りては上ると、重さを感じるようになりました。
名古屋駅で乗り換えて人ごみの中を歩きます。輪行袋が重い。休日のせいか、通路で立ち止まる人や、何かに並んでいる人も多く、輪行袋を担ぎ、フロントバックとパニアバックを持ったまま人の波を避けながら歩くのは、なかなか慣れるものではありません。


最寄駅で輪行


お昼は柿の葉ずし

今回も妻が同行しています。自転車ではなく、バスや船を乗り継ぐ予定なので完全に同一行動ではありませんけど、妻も瀬戸内の魅力にとりつかれつつあるようです。


本当は三原で新幹線を降り、JR呉線をゆっくりと味わいながら呉へ向かうつもりだったのですが、7月の大雨災害で一部不通区間が発生、代行バスによる運行になっているとのこと。輪行袋を抱えて代行バスは難しいと判断、広島経由で呉へ向かうことにしました。

広島駅で乗り換えたJR呉線車内はガラガラ。
高速道路休日\1,000の影響なのでしょうか。立派な複線に、快速電車が少々寂しい。

呉駅で降り、賑わっている北口ではなく、出口と書いてあったところから外に出て、歩道橋をテキトーに降りたところで自転車を組み立てました。


呉駅南側で組み立て


大和ミュージアム

今晩は呉に投宿です。
宿に自転車を置き、一度行ってみたかった大和ミュージアムへ向かいました。
大和ばかりの展示かと思っていたら、予想とは違っていました。
そこには呉を中心とした歴史がしっかりと展示されていたのです。穏やかな漁村だった呉が、造船・軍拡に巻き込まれていく。日清・日露・満州事変・国際連盟脱退・日中戦争・ABCD包囲網・太平洋戦争へ。戦局の暗転・空襲・女子挺身隊そして大和出撃。
確かに少し偏った見方かもしれません。
でも当時はそうするしかなかったことを痛切に感じ、展示品や資料映像を食い入るように見つめるうち、私は涙が止まらなくなり視界か霞んでくるのでした。

いったい誰が、当時の政府を、当時の大衆を批判できるというのでしょう。
論理的ではなく、長期的な思慮が苦手、日本人が陥りがちな情緒的な当時の空気をいくばくか感じることができます。異を唱えれば空気を読んでないことになる。いや、世間に同化していたら、世間とは違う自分自身の意見を持たなかったであろうことは、決して昔のことでも、他人事でもない。先の大戦は暴走した軍部のせい、大衆は犠牲になっただけ、洗脳されたのだ、などと被害者ズラしていればいいものではありません。

学校で近代史・歴史を実質教えないことも多く、単純な構図に置き換え、戦争は悪として封印、臭いものにフタをする日本人的な対処の結果、私もそうですけど、太平洋戦争は、昔々の、カンケーない存在になりつつあります。そんな、過去の負の遺産を忘れてしまう日本特有の風潮にくさびを打ち込む存在の、大和ミュージアムでした。


小さいが迫力ある零戦


穏やかな外の風景

他にもずいぶんいろんなことを考えてしまい、激しく疲れました。
朝から旅行気分になれなかったのは、もしかしたら、この大和ミュージアムの空気が、知らず知らず私に入ってきたせいもあるのかもしれません。
いえ、ただの考えすぎですね。


大和ミュージアム隣の、てつのくじら館(海自呉史料館)に入るエネルギーも無く、呉駅に戻り、蔵本通りから れんが通りへとブラブラ歩きました。


れんが通り横の小径


串ものや たこの天ぷら

夕食は居酒屋で。
今日は今日。明日は明日。 明日のエネルギーを蓄えねばなりません。