小さい二輪車ライフ、小さい旅

最終更新日: 2004/11/14

過去掲載した編集◇コラム2

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ユンボギの日記 (04/10/02)

 「ユンボギ、はやく家に帰りなさい。」
 「先生、ぼくはどうして、おかあさんといっしょにくらせないのですか。
  ぼくのおかあさんをさがしてください。」 (李潤福著 『ユンボギの日記』より)

 韓国ブームが続いているようです。近年すっかり身近になったキムチなどの韓国料理だけでなく、TVドラマ関連の話題が、一時は 連日ワイドショーや新聞を賑わせていました。 ひと昔前に反日運動が盛んだったり、安価なMADE IN KOREA製品が流通し、品質面で必ずしも良くないイメージを抱いていたりした時代と比べると隔世の感があり、韓国と日本の文化的交流が 一般の民間レベルでも盛んになることは大変喜ばしいことだと思います。私もいつか韓国語を勉強して韓国を訪れたいと思っています。

 私が韓国を意識することになったのは、手元にある一冊の本「ユンボギの日記」がきっかけです。若くして他界した母親が、私が幼少のころに読み聞かせてくれたのを今でも記憶しています。1965年に日本でも出版され、100刷はとっくに超えたロングセラーのこの本の描く家庭はあまりに重苦しい。家庭不和、母の家出、貧困、病気で伏した父、妹の家出、腹を空かせた弟と妹...
そら  現在の日本では想像しづらい環境であり、これらの表層だけを捉えると、よくある涙ものと批評されることもあるでしょう。また、不幸をバネにたくましく生きていく物語でもないので批評家には解説しづらい類の本かもしれない。
 でも、この日記全体を通して伝わってくるのは、困窮のあまり絶望しかねない貧しい生活の中でも筆者である10歳の李潤福(イ・ユンボク)少年が純粋に「人を信じ」けんめいに生きること。
 自分たちを置いて出て行った母親をうらむこともなく病気で働けない父親を看病し、一家の稼ぎ手としてガムを売りながら、ときには物乞いしながら、過酷な境遇に挫折しそうになりながら、それでも家出した母や妹を案じていちずに生きていく。

 現在の日本では、このような話を聞いても涙も出ないどころか、全く無感かもしれません。韓国でもこの本が出版された頃に比べれば飛躍的な発展を遂げて、このような境遇を想像できない人も多いかもしれません。

 現代人の悩みといえば、人生の意味がわからないとか、やりたいことが見つからないとか、人間関係に疲れたとか、やりがいのある仕事が無いとかでしょうか。でも、まだそんな感受性が残っている貴方、この本を読むと、フィクションではない純粋な少年の心がきっと貴方の胸を打つことでしょう。
 毎日仕事に追われる貴方、職場や周囲の人間関係に疲れきった貴方、自分が汚れた大人になってしまったと思っている貴方、行き詰まって絶望している貴方も...

所属と放浪 (04/08/22)

 私が若かりし頃、バイク乗りのある女性と仲良くなったことがあり、何度か会ううちに友人以上の関係になりかけそうでした。ある日その女性と飲んでいたときだったと思います。
「あなたは絶対に恋愛対象にはならない」と言われ、少なからず落ち込んだのを記憶しています。なぜなら私は「放浪癖があるから」だそうです。

 人間は何かに所属しないと生きていけない。家族、地域社会、会社、クラブ、恋人どうし、生産者と消費者... そんな人間には 所属のなかで活き活きする人と、所属していると消耗してしまう人がいると思います。私は間違いなく後者の方。どうも幼少の頃から集団生活に今ひとつなじめなかったし...今でも...
それでも、そんな考えは自分勝手だ、大人として失格だ、教育が悪いという見方が多いのではないでしょうか。所属していない人間は“異端”だから。疎遠にされ、虐げられる。人間は何かに所属しないと生きていけない。

 女性の選択は正しかった。彼女は所属する側の人間だったから。

 私はもっと若い頃、バイトで資金を稼いでは各地を放浪していたことがあります。バイクでも旅しましたが、しっくりくるのは自転車でした。枠にはまらなくていいから。移動していなくてもいいから。適度に孤独だから。「放浪」とはいっても、それを受け入れてくれる人たちが存在することで成立しているのであって、このような放浪者は必ずしも完全な孤独ではないのですが、この程度の孤独感が心地よかった。

 旅では いろいろな“異端”に会った。家出して2年になるという学生。もう学生ではないのかもしれない。組織を抜けた話をしていた年配の人。指が無かった。さびれた砂浜でただ放心していた大学生。テントひとつで転々としていたカップル。何か充実感を求めて海沿いを一人で折り畳み自転車で走っていた会社員風のおじさん。偽装結婚の被害者... 所属することに疲れた人たち...  癒してくれるのは雄大な自然、広い空間、生命の危険を感じない程度の孤独だった。

 大人になればバイクを降りると思っていた。でもそうではなかった。熱狂的なバイクフリークというわけでもないのに。妻に反対されてもこれだけは大目にみてもらった。真っ当なバイク乗りの人たちから見ると異端であるかもしれないが、私がバイクに乗るのは何となく癒しを求めているからだと思います。

 夏が来ると今でもロングツーリングに出たくなる。放浪したい。所属することに消耗しているのかもしれません。

バイクのカスタムと味 (04/07/10)

 しばらく前のことですが、くたびれたチェーン&スプロケを新調、新装着したTrick Star パワーパルスシステム(PPS)の効果を確認しようと思い、流れの速い郊外路からバイパスを走ったときのこと。

 アクセルをワイドオープンしなくても交通の流れを十分リードでき、片側3車線の空いた道でもストップ&ゴーが苦痛でなくなりました。さすがに出足こそ排気量の大きい2輪に離されますが、6,000〜9,000rpmの回転上昇が従来と違い、まるでフリクションが減ったかのごとくスピードが乗っていく。
 今までは普通に加速していくと、80km/h前後でバイクの方が「あのー、そろそろいいんじゃないかな? そんな慌てないでのんびり走ろうよ」と、“まったりオーラ” が出てきていたのですが、今度はそのオーラが出なくなり、気をつけていないと どんどん加速していく感覚です。10,000rpm以上は従来もパワー感がありましたが、もっと痛快に、そして快適になりました。

 一方、バイパスを降りて流れの遅い市街地に入ってみると、なんだか今までと違う。加速が遅いとかそういう類の感覚ではなく、スムーズというか2気筒のパルスが減って、面白みがなくなったのです。 今までは遅い流れに合わせてゆったり走ってもそれなりに楽しかったのですが、その楽しさが薄れてしまいました。

 ふとここで思い出したのが、ホンダのAX-1というバイク。水冷250ccDOHC単気筒のそのバイクは実に優秀で、単気筒にしてはパワーもあり、振動が少なく、街中やフラットダートも含めた移動の道具としては最高のバイクに思えました。
 ところが何というか“味”が無いのです。フラットトルクで実質速くてもバイクが従順すぎて、何かこう“バイクとの対話”がありません。

 私のZZR250は そんなホンダ車に一歩近づいてしまったような気がして複雑な気持ちです。低速走行中はマフラーの音が耳につき、高速走行中はエンジンの騒音が気にならず、風圧が気になるなんて...

遡行 (04/06/05)

 「人は流れに逆らい、そして力尽きて流される」 サンライズ『装甲騎兵ボトムズ』より

 「川の流れに身を任せ...」と例えられたりしますが、これがなかなか実践できません。どうしても流れに逆らってしまう人たちが少なくないようです。 「早く帰りたい」「いい給料がほしい」「良い人にめぐり合いたい」「自分に合った仕事がしたい」「自分なりに社会の役に立って認められたい」「住み慣れた土地から離れたくない」などなど...
 私自身もいつのまにかしょっちゅう流れに逆らっているようです。うまくいかずに落ち込むことも多いです。人生うまくいかないことばかりと言ったほうがいいかもしれません。
 でも落ち込んだり、苦しかったりするのは現状に不満だから。不安だから。原因は自分自身の中にあるのに周囲を変えようと流れに逆らって、自分で勝手に挫折しているような気もします。
 なぜ「流れに逆らって」しまうのか、自分自身でもわかりません。 「流される」方が楽だと初めからわかっているのに...

 表題の言葉は20年ほど前に放映されていたアニメの、ある予告編で流れたナレーションです。ありがちな「友情」とか「チームワーク」、「成長」とは無縁のストーリーで、主人公をはじめ、登場人物がひたすら運命に翻弄されます。築きかけた友情も、芽生えかけた愛も、すべては硝煙と泥濘の中に埋もれていき...

試乗会 (04/04/17)

 先日カワサキの試乗会に行ってきました。あいにく雨だったのですが、ビッグバイクの人気はすごく、ZX-10Rが大人気。長蛇の列ができていました。他にもZ1000、ZRX1200も人気が集まっていました。
 一方、中型車は大した順番待ちもなく、すぐに乗れました。いくつか私個人のインプレッションをご紹介します。

ZZR400:スムーズ&パワフル。低速の粘りもあり、思ったよりとりまわししやすく、ポジションもグッド。振動がとても少なく、静かで快適。シュオオーンと加速していきます。
この乗りやすさはGPZ400Rを思い出させます。ZZR250より はるかにビギナーにやさしいように思います。本気で走るには5,000rpm以下が もの足りないかもしれませんが、回せばそれなりに速い。
一方、バイク自体に強い個性は感じませんでした。ホンダのバイクに近いような感触。欠点がないところがこのバイクの欠点とも言えるでしょうか?

250TR:低回転の力強さが印象的。アイドリング付近から元気なトルクがあって、高回転までよく回り、トットトグウーンと加速していきます。シングルの鼓動が快活で、街中走行ではZZR250よりもよっぽど楽しくて快適だと思います。バイクが個性を出している反面、長距離は少々ツライかな。ゆっくり走って楽しい、数少ないバイクですね。

ESTRELLA:250TRと同じエンジンなのにこちらはやや穏やかでスムーズ。どんな走りもソツなくこなしそう。やや個性が薄い感もありますが、長距離もラクそうで、疲れた現代人の心と体を癒してくれそう。

 このように各車それぞれに良いところがありますね。帰路はあらためてZZR250が古い設計のバイクであることを再認識しました。ノーマルでは低速トルクはないし、ダダダダギューンと安っぽい加速。街乗りのストップ&ゴーでもストレスが溜まる...。
 でもそんなダメさ加減がこのバイクの魅力でしょうか? ダメなので手をかけてしまいます...


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