過去掲載した編集◇コラム43
昭和30年代のレコードを聴く (24/11/03)
神奈川県の実家に帰省したとき、屋根裏部屋を片付けていて、奥のほうに朽ちているLPレコードケースが見つかりました。何となく見覚えがあります。私が幼少期に見たものです。現在独居中の父は心当たりが無いらしく、45年前に他界した亡母のものに間違いない。
中を開けるとカビ臭い空気と埃とともに、10枚以上の古い古いLPレコードが出てきました。これらは見覚えがありません。ジャケット裏を見ると、多くは制作年がわからない中、一部「1963年」と書かれているものがあります。昭和38年です。もっと古そうに見えるレコードは昭和37年以前のものでしょうか。私が生まれる以前、母が独身時代のものかと想像されます。
クラシック、ワルツ、シャンソン、タンゴ、ジプシー、サントラ(?)、ジャンルはバラバラ。見覚えがないのも無理ありません。幼少期の私が聴いたとしても、その音の価値は一切わからなかったでしょう。
亡母を知る人は近年ごく少ない。レコードについて叔母に訊いてみましたが、知らないながらも想像はつくらしいです。「凝り性だったから、コンパクトなステレオを買って...」とのこと。
早く両親を亡くし、中卒で働きに出た当時独身の母にとって、東京のアパート住まいながら高額なステレオを買うというのは、よほどのことだったはずです。それにこれらのレコードは¥1,800〜¥2,000前後と表示されていて、現在の金額に換算すると¥10,000以上ではないかと思われます。当時、国鉄(現在JR) 山手線や京浜東北線の初乗り運賃が¥10のはずですので、レコード価格のすごさがわかります。
「要らない」と父が言うので、とりあえず引き取って持ち帰ったものの、これらのレコードは、埃まみれなばかりか傷も多く、部分的にカビに覆われ白くなっているものがほとんど。捨てるしかありません。もしやと思ってネット上で検索するも、ほぼ価値が無く、買い取り金額は¥100前後以下ぽい。
これはまだ処分するなということか... ダメもとで風呂場に持ち込み、洗剤とスポンジを使って洗い、埃とカビを落としてみたものの、素人作業ではキレイになりません。
しかし手をかけると、不思議と興味が湧き、全くなじみのないワルツやシャンソン、タンゴを聴いてみたくなってきました。
20年ほど前に購入し、あまり使わなくなっていたミニコンポには、AUX(LINE端子)だけでなく、PHONO端子が装備されています。レコードプレーヤーだけを買えばいい。あれこれ調べて近所の量販店で¥12,000くらいのものを購入し設置。ミニコンポに接続して聴いてみました。
もちろん傷によるノイズや音飛びを伴うも、予想に反して音が良い。なぜだろう? 音の解像度はそれなりながらも、重厚で張りのある音は昭和30年代のものとは思えないほどです。レコードプレーヤー自体はともかく、ミニコンポ側のアンプやスピーカーの要素が大きいのかもしれません。CDの音に比べると、耳に優しいというか心地よさすら感じます。平板な音のCDもあればダイナミックな音のCDもあり、騒々しいLPもあれば奥行きのあるLPもありますけれど、CDの圧倒的な量感はステージ上にいるかのようであり、LPレコードは少し離れた観客席のようでもあります。
クラシック、ワルツ、シャンソン、タンゴ、ジプシー、サントラ(?)... 60年以上前に亡母が聴いていたレコードを、還暦前のバカ息子が改めて聴く。亡母と会話することが叶わなくなって45年、こんな形で亡母が聴いていた音を共有し、当時を偲ぶことになるとは想像したこともない展開でした。
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