【悪夢1】電気蜘蛛は暗闇の夢を見るか

【悪夢1】電気蜘蛛は暗闇の夢を見るか


  誰かが深い深い息を吐いた、気配がした

自分の手を先に伸ばしても指先どころか腕すらあるはずの場所に見えない。

真っ暗闇だ。

射干玉色に塗りつぶされた空間を掻くように指を戦慄かせた。

何故だか男は、悪寒が止まらなかった。腹の底から震えが止まらない、震えは骨を伝って無様なほど上歯と下歯を擦れ合わせた。

聞こえるのは自分の歯がぎりりぎりりと噛み合う音だけ。

ややあって、小さな音の群れに気づく。

それは意識したら聞こえるほどの取るに足りない小さな音だったが、彼は身構えた。
あるゲームステージで小さな虫モンスターに囲まれたことを思い出したのだ。

  かさ  かさ  かさ

紙を雑に扱ったときのような音…
意識を凝らしてみれば、音の元は意外にも足元から聞こえてくるようだった。
視線を足元に落とす。汗がこめかみを伝う。

自分の指すら見えない闇の中でそれだけは不自然なほどに。

小さな虫がのたうちまわっている姿が見えた。

その虫は四肢をもがれているようで、無様にのたのたと蠢く。

まさか自分が踏んでしまったからだろうか


 いや、これは






思考が着地点に辿り着く前にアラーニェは勢いよく体を起こした。
呼吸が荒い。普段涼しげな顔は苦悶の表情に歪む。
動揺していると呼吸が荒くなる、表情が歪む、これはアバターの基本設定だ。
実際に呼吸しているわけではない、これは見せかけなのだ。
背中を濡らす汗も嘘。心臓が激しく脈打っているように思えるのも嘘。

いや、現実の自分が今、汗をかき、心拍数をあげているのだろうか。

貼付けられている、忌々しい現実に。
…吐き気がする。


最近毎晩のように悪夢を見る。

最初はただの暗闇。
毎夜ベッドに横になる度に夢は進んでいく。
今日は遂に音の主を見た。蠢く虫の姿を思い出し眉間に皺を寄せる。
そして全ての夢で一貫して自分は恐怖しているのだ。
目覚めた自分ですら何故あの夢が恐ろしいのかわからない。

そもそも夢などここ何年も見ていなかった。
いや、無意識のうちに見ないようにしていたのかもしれない。
睡眠時間は極端に短かった。
たまにぐっすり寝ても、泥のように眠れば夢は見ない。

もう眠りにつきたくなかった。
…天井を見つめたまま一時間ほど経ったころだろうか。
心臓は規則正しく脈打っている。汗も引いた。
…ふと、最近急に出来た同居人を思い出す。
二人暮らしにしては広すぎる家。
部屋はいくつもあったのでアレには適当に部屋を使えと言ってある。
勿論、寝室は別々だ。

装飾をどこまでも省き、機能性しか残していない寝室を裸足で歩く。
水が欲しい。
あと、ついでに、あくまでついでに、アイツはどこで寝ているのか、少しだけ気になった。

キッチンで喉を湿らせた後
この家にしては小さい、天窓のある部屋の前を横切ると、一人がけのソファにぬいぐるみを抱きしめてうずくまる白い影が見えた。
マイブラッディヴァレンタインだ。
窓から差し込む月光を受けて輝く体は、普通の人が見れば美しい、という印象を持たせたかもしれないが、アラーニェという男は違った。
(ベッドのある部屋を使わずに何でこんな小さいソファに…)
体が痛くなるでしょうに…と見当違いなことを考えていた。

抱きしめている蜘蛛のぬいぐるみはらんらんがあげたものだっただろうか。くだらない…
ふ、と芸術的なカーブを描く睫毛が震えた。起こしてしまったか、そう思い立ち去ろうとしたが様子が違う。
自分が先ほどまで見ていた悪夢を思い出した。
指先が痛々しく震え、淡い眉がそっとひそめられたのを見て、恐る恐る、か細い小指をやんわり握ってみた。
骨張った指は冷たくも暖かくもなかった。
そういえば自分からヴァレンタインに触れたのも初めてだったかもしれない。

よく出来たAIかと思えばそうではないらしい。
c.l.rが起こした事象。アバターではない、別の世界からやってきた存在。
ヴァレンタインに罪はないが、戦いに向かない細い体や背中の穴は見るだけで彼の心はざわめいた。
八つ当たりのように戦闘向きではないヴァレンタインをハズレと呼んだこともあったが、罵った言葉は何故か自分の心まで傷つけた。

(この白い抜け殻も夢を見るのでしょうか… いや、心はあるのでしょうか…)

一瞬考えを巡らしているうちに握った先の小指の持ち主が身じろいだのを感じて、手を離す。
起こしてしまっただろうか。
寝覚めにこんな男がいても嫌だろうと思い静かに部屋を後にする。

そのまま寝室に戻って横になり、少しすると
小さく、微かに、耳慣れない独特の音がとぎれとぎれに聞こえて来た。

胸をしめつけるような、寂しげな、優しい音。

(歌…?)

音はとぎれとぎれだったが、それは歌のようで。


さっきまであんなに怖かった眠りがとても優しく感じた。

その夜、悪夢はもう見なかった。



何故だか満たされた気分で目が覚めた。

幸せな夢を見たのだろうか。

夢の内容を覚えていなかったのが少しだけ残念だった。



悪夢をみたり、ヴァレンタインさんに絡んでみたり。

悪夢LV1のお話です。
じょじょに悪夢が進んでいきます。
あやのしん様が見てる…

そしてヴァレンタインさんお借りしました!
あとこちらのヴァレンタインさん視点の夢話と別視点…ということで
不都合があったら修正したり引っ込めたりしますので遠慮なくお願いしますっ

初期のお話です、出会ってから5日〜10日くらいを想定。
まだヴァレンタインさんが傷つくことを考えてもいないし触ることもやめろって怒るし、心があるのか否かも理解できていません。ひどい時期です…
それなのにこっちは勝手にぽかぽか気分がほんの少し芽生えて来たようです。ひどい。
指にぎにぎしちゃったのは無意識で。
ほんの少しの心配と、なんとなく人肌恋しかったのと悪夢見てるなら自分なら誰かに手を握ってほしいな、と思ったらこの行為という。ヒント:さみしがり

あとこのssの中でアラーニェの格好は半裸です。
ひどい。

各方面に土下座。