〈声明〉教育と文化を世界に開かれたものに

            ――教育基本法「改悪」に反対する呼びかけ

 

 いま、世界は大きな変化の時代を迎えています。情報コミュニケーション技術の飛躍的な発展や国際化・グローバル化の進展などに伴って、経済構造・生活構造の再編が進み、国際的な科学技術開発競争・経済競争も激化していますが、もう一方で、多民族共生や地球環境問題をはじめ国際的な協力によって克服すべき課題も多くなっています。こうした時代の変化と課題に対応して、教育の在り方も問い直され、さまざまの改革が進められています。

 こんにち教育とは、一人ひとりの子どもの自己形成を支援し、豊かな人生を切り拓いていくことのできる力を育むことを目的にした営みです。一人ひとりの子どもが、文化と伝統の好ましい側面を継承するとともに、新たな文化と伝統を創造していく力を育み、豊かな文化社会の展開に参加していくことを支援する営みです。そのためにも、教育は、未来と世界に開かれたものでなければなりません。一人ひとりの子どもが、自分の将来と社会の未来に希望を持つことのできるものでなければなりません。多様な他者や異文化を許容し、ともに高め合っていこうとする姿勢を育むものでなければなりません。世界の多くの人びとと交流・対話し、協力し合う意欲と力を育むものでなければなりません。

 しかし、近年の教育改革の動向は、その基本を歪め、時代の変化と課題に逆行する傾向を強めているように見受けられます。とりわけ、現在、中央教育審議会において議論されている教育基本法「改正」の方向には、憂慮すべき危険な徴候が見られます。激化する国際競争やグローバリズムへの対応を重視するあまり、偏狭なナショナリズム、エリート主義、強者の論理によって教育を再編しようとする動きが強まっています。とくに、「伝統文化の尊重」の名の下に、「愛国心」や「国家への奉仕・献身」の重視と復古的な道徳教育の強化を主張する議論が強まっているように見受けられることに、私たちは強い危惧の念を抱かざるをえません。

 伝統は、それが好ましいものと感じられる限り、尊重されるべき重要なものです。しかし、その好ましさが特定の人々によって独善的に決められ、すべての子どもに押しつけられるようなことがあってはなりません。私たちは、歴史の教訓として、「伝統の重視」が偏狭なナショナリズムや歪んだ国家主義を鼓舞し助長することになる危険性のあることを知っています。その危険性を回避することが重要だと考えられたからこそ、半世紀前に教育基本法の案文が検討された際、「伝統」の二文字を入れず、「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育」という表現が採用されたのです。その歴史の教訓と先人の英知は、これからも生かして行くべき貴重なものであると考えられます。

 私たちは、平和主義・民主主義を掲げた日本国憲法の精神に則り、「個人の尊厳を重んじ真理と平和を希求する人間の育成」と「普遍的にして個性ゆたかな文化の創造」を掲げた現行教育基本法の理念は、21世紀の教育の指針として維持するにふさわしい理念であり、日本を含めて世界中の国々が批准した「子どもの権利条約」の精神にも合致するものであり、その意義は、国際化・グローバル化の進む、この時代にあって、これまでにも増して重要になっていると確信するものです。

 教育基本法をめぐる論議が歪んだ方向に展開していくことのないように、復古的・エリート主義的なイデオロギーや関心によって現行教育基本法の理念が歪められることのないように、進行中の教育基本法「改正」の動きを見守り、その「改悪」に反対する議論と運動に多くの人が参加し、声を挙げてくださることを期待します。

 

 2002年7月18日

 

教育と文化を世界に開く会

 

呼びかけ人(50音順)

 

味岡尚子(全国PTA問題研究会) 

石井小夜子(弁護士)

梅原猛(哲学者)

大岡信(詩人)

尾木直樹(教育評論家)

奥地圭子(東京シューレ)

川田龍平(人権アクティビストの会)

喜多明人(早稲田大学教授)(事務局長)

小森陽一(東京大学教授)

佐藤学(東京大学教授) 

佐藤秀夫(日本大学教授)

瀬戸内寂聴(作家)

俵義文(子どもと教科書全国ネット21)

辻井喬(作家)(世話人)

暉峻淑子(埼玉大学名誉教授)(世話人)

中川明(弁護士)

中山千夏(作家)

なだいなだ(作家・精神科医)

西原博史(早稲田大学教授) 

灰谷健次郎(作家) 

藤田英典(東京大学教授、前教育改革国民会議委員)(世話人)

増田れい子(エッセイスト)

牟田悌三(俳優) 

毛利子来(小児科医)