8月20日(月)豊田市教委と交渉

学校訪問に「着飾る準備は必要なし」と明言

 豊田市教委は三河教労との交渉の席で、学校訪問前に特別に設けられる教室点検や清掃活動など、校長・教頭の管理的な指導や、あおるような言動をやめさせること」の要求に対し、「教育環境を普段から整備することは大切」だが、学校訪問に「着飾る準備は必要なし」と明言しました。

 〜豊田市教委交渉の参加者〜

豊田市教委:吉田教育長・梁瀬専門監・平野課長・太田・中根・光岡主事の6名。

三河教労:畦地委員長・有冨副委員長(刈谷市)・南書記長・石原・杉浦・羽田の各役員の6名

テキスト ボックス:  すべての要求項目に回答・見解を述べる

  まず、「多くの校長が勤務時間に無関心で勤務時間後も当たり前のように会議がもたれており校長を指導せよ」との要求には、「校長は適切な配慮をしている」しかし、「配慮を欠くような具体的な事例があれば調査対応する」と答  えました。そこで、職員会議が延びたのに「回復措置はしない」と発言した校長の例をあげると「事実であれば不適切」と答えました

 また、一部の豊田教組執行委員の授業時間が極めて少ないことと、新任は初任研のために十時間が配慮されてしかるべきなのに、中には小   吉田教育長に要求書を手渡す委員長

学校の担任で25・6時間も持っている人がいるのはおかしいのではないかという二つの問題を提起しました。それに対し、市教委は調査、対処すると答えました

その他の要求項目については次号以降で詳しく報告いたします。

交渉のもち方について大きな前進あり

 @すべての要求事項(19項目)に回答・見解を述べたこと。 A予備交渉を1回ですま    したこと。 B司会はこれまで市教委が全て行っていたが、三河教労と分担したこと。 Cテープの録音を回答・見解だけでなく、質疑の時間も許可したこと。など、例年以上の大きな前進がありました。また、市教委は個々の問題に応ずると言っているので、引き続き話し合いを求めていきます。

  子どもと教職員の人権を守る三河教労

三河教職員労働組合(三河教労)

未来を拓く

編集・発行責任者 畦地 治

 

98号(2001年9月)

カンパ、機関紙購読料(年間3000円)は【郵便振込00800-4-79130三河教労】へ




やはり中止しかない!豊田スタジアムオープニングイベント

      かかる費用はなんと 4500万円!!

  豊田市では10月24日に  豊田市と近隣町村の小中学生と教職員全員を集めて豊田スタジアムオープニングイベントを強行しようとしています。私ども、三河教職員労働組合は、このイベントには多くの問題点があると考え豊田市教委に対して、7月25日に中止の申し入れをしました。

 問題1,そもそもこの小中学生全員を1カ所に集めるという発想自体が間違っている

  問題2,授業を中止してまで、行う意義がない。

  問題3,45000人もの小中学生1カ所に集めることはきわめて危険である。

  問題4,このイベントには多大な費用がかかり、無駄である。

  問題5、教職員の勤務時間が守られず、教職員に心労をあたえる。

 

 意義あるイベントなので、協力してほしい」(吉田教育長)

 わたしたちの中止の申し入れに対して、市教委は「検討する」と答えましたが、先日の市教委交渉の冒頭、吉田教育長は「45000人もの小中学生が一同に会する機会はない。」「よい思い出になる。みなさんにも協力していただきたい。」と、従来の主張を繰り返すだけでした。強制的に集められて、真の感動や思い出につながるわけはありません。「夢を子ども与える」などという大人の思い上がりは、子どもにとっていい迷惑です。こんなお仕着せ(やらせ)はただちに中止すべきです。

 「かかる費用は、4500万円になる」(平野課長)

 市教委交渉の回答で、このイベントにかかる費用が明らかになりました。

 

・交通費      3490万円

  

 市教委から発表された費用の内訳は左のよ

 ようになっています。予想されてはいました

 が、あらためて「4500万円」(平野課長)

 と聞いてびっくりしました。

   この4500万円をたった一日のイベント

 ではなく、長期的に有効なことに役立てれば、

 教育の充実が図れることは間違いありません。

 

・出演料       375万円

 

・警備費       100万円

 

・スタジアム使用料       54万円

 

・印刷費                 80万円

 

・記念品代       400万円

 

・雑費         40万円

 

  総計   約4500万円

 豊田市教委は、保護者・教職員の声を聞け!

 三河教労は、今回の交渉を通して、やはりこの「豊田スタジアムオープニングイベント」は無駄な企画であると確信しました。

  教職員の中からは、「中止は無理でも、小学校の低学年の参加はやめたらどうだろうか」とか、「この時期、中学3年も参加を見合わせたらどうだろうか」という声もあがっています。 豊田市教委はもう一度学校現場や、保護者の生の声を聞くべきだと思います。




児童・生徒の安全確保とともに

          教職員の安全な勤務を

  

   例年9月、10月は、台風の接近・上陸に伴い学校では、児童・生徒の安全確保のために、警報発令に合わせ、登校を見合わせたり、下校を早めたりするなどの対応をしています。しかし、教職員の勤務については危険な状況に置かれたままです。

「早めに家を出るのが当然だ」と校長

          台風が去った後は、河川の氾濫や道路の破損など通常の通勤状況に比べ危険な状態になっています。従って、交通渋滞も予想され、ぎりぎりの勤務になります。

 しかし一部には、こうしていつもより遅く通勤する職員に対して「災害の後は、学区の見回りなど児童・生徒の安全確認が必要なのに遅れてくるとは何事か。いつもの通勤時刻より、早めに家を出てくるのが当然だ。」と、職員に注意する校長がいます。

日頃の安全管理を

 しかし日頃から非常災害についての備えを怠り、台風が近づいてきてはじめて「明日の朝どうしようか。」と対策を考える校長の姿勢こそ問題です。災害についての職員の勤務について周知徹底し、周到な備えをするべきです。その日になってから「職員が早めに着てくれるだろう」と自分勝手に決め付け、対策を講じていては手遅れであるというべきです。

災害時に慌てて勤務するのは危険

 ましてや災害時に慌てて学校に行こうとすることは危険きわまりありません。愛知県の条例では、災害時に交通が遮断された場合、特別休暇が取れることになっています。安全に気をつけ、慎重に通勤をすることが必要です。

 

これが防災対策? 防災服を自己負担で買わされる!

 

 三河のある市では、災害時に学校の職員と一般の非難住民との識別が必要と、校長、教頭、「教務主任」「校務主任」が全員、防災服を自己負担で買わされたそうです。しかも校長会で決められ、強制的に購入させられました。防災は服装を整えることではなく、日頃の危機管理が大切です。職員の中で危機管理に対する話し合いを十分行い、その中で必要な対策を講じていくべきです

 また仮に、識別のために服が必要とあれば、公費できちんとまかなうべきです。しかし、私たちの議論の中では、「識別するのにわざわざ防災服を着る必要があるのか。腕章や帽子で十分なのではないか。」「いざという時に防災服にいちいち着替えている暇があるのか。」「季節に合わせた防災服を用意するわけにもいかないから、当然、季節にあってない服を無理やり着ることになる。合理的でない。」など、デメリットがたくさん指摘されました。ぜひ、再検討をしてもらいたいものです。

 

 




シリーズ「教科書問題」 No.1

 

 この夏、教科書採択の問題が大きな注目を集めました。とりわけ、「新しい歴史教科書をつくる会」主導で作られた『新しい歴史教科書』(扶桑社)の採用をめぐって、大きな論議が巻き起こりました。

 三河教労においても、この教科書問題について大きな関心を寄せ、機関紙などを通じて公正な教科書採択がなされるように訴えてきました。結果的に『新しい歴史教科書』は、数校の私立中学と東京都・愛媛県の養護学校などのみで採用されました。幸い公立の中学校での採用はまったくなかったものの、公立の養護学校で採用されたことで、これが既成事実になるのではないかと大きな危惧を抱いています

『新しい歴史教科書』の問題点を端的に述べると

 さて、この教科書には、大きく分けて三つの問題点があります。

 

@戦争を「外交の手段であり、政治の延長」とし、韓国併合や満州国設立などもすべて正当化していること。その上、日本のアジア諸国への加害責任を極めて小さく捉え、かつ「アジア発展に寄与した」とさえ主張していること。

Aこれまでの教科書はすべて「自虐史観」にとらわれていたと批判し、やたら日本、および日本人の優位性を強調していること。またその逆に中国や韓国・朝鮮をはじめとしたアジア諸国を蔑視するような表現が繰り返しなされていること。

B「日本は天皇を中心とした国家である」という皇国史観がいたることころにちりばめられており、あたかもそれが自明のことであるかのように描いていること。

 

 これらの問題点について、これから「シリーズ教科書問題」として一つ一つ暴いていきます。

「つくる会」の運動に真正面からぶつかります

 「つくる会」代表の西尾幹二は『新しい歴史教科書「つくる会」の主張』(徳間書店)のまえがきで、「私たちは一つのイデオロギーに囚われるものではなく、イデオロギーに囚われた従来の一切の単調な歴史に反対するものである。」(P6)と述べています。つまり彼は、これまでの教科書は「自虐史観」「階級闘争史観」といったイデオロギーに囚われ、記述が偏っていると言います。しかし、さきに指摘した三つの大きな問題点をはじめとして、この教科書こそ、偏ったイデオロギーに貫かれていると言わざるを得ません。

 ただ、「つくる会」は、相当な意気込みで運動を展開しています。その運動に対して、きちんとした批判を加えていくことには相当な覚悟が必要です。私たち三河教労は、「シリーズ教科書問題」において、この『新しい歴史教科書』の偏向ぶりを白日の下にさらし、「つくる会」の運動に真正面からぶつかっていきます。どうぞ、ご期待ください。

 

読者の皆様からのご意見・ご感想などをお待ちしております。)

 

 




 シリーズ「教科書問題」 No.2

 

満州国承認に関わるすり替えと誤謬を暴く

 

 扶桑社の「教科書」には、次のような記述があります。

「リットン調査団の報告書は、満州における不法行為によって日本の安全がおびやかされていたことは認め、満州における日本の権益を承認した。一方で、報告書は、満州事変における日本軍の行動を自衛行為とは認めず、日本軍の撤兵と満州の国際管理を勧告した。日本政府はこれを拒否して満州国を承認し、1933(昭和8)年、国際連盟脱退を通告した。」(P268)

 ところが、ここには明らかに事実のすり替えがあります。

1、満州国を承認したのはリットン報告書よりも前のこと

 上の記述によると、「リットン報告書が発表され、それに反発する形で満州国を承認した」と書かれていますが、事実は違います。リットン報告書が日本に送付されたのは1932年9月30日ですが、その15日前の9月15日には「日満議定書」を結び、すでに満州国を承認しているのです。つまり、日本政府は日本にとって不利な報告書が出されようとしていた矢先に、それを踏みにじる形で満州国を承認してしまったのです。

2、原文を読めば、その意図はより鮮明に分かる!

この「教科書」がかもしだそうとしていることを読み解くと、「中国人による反日行動のせいで、満州における日本の安全がおびやかされていたにも関わらず、リットン報告書は「日本軍の撤兵」を勧告した。日本政府としては、満州における日本の権益を守るためにやむを得ず国際連盟を脱退することになった。」ということでしょう。なるほど、読み物としてはなかなかのできですが、事実とは全く異なります。

3、さらに事実をねじまげ脚色した記述!!

さらに「教科書」は、「満州事変は、日中間の対立を深めたが、その後、停戦協定が結ばれ、両国の関係はやや改善された。満州国は、…経済成長を遂げ中国人などの著しい人口の流入があった。」と書きます。この表現によって、「日本の進出によって一時的には混乱を来たしたが、結果的に満州国は国として安定しはじめた」と印象づけています。

4、この「教科書」を徹底追究します

 この「教科書」はいろいろなところで指摘されているように、あくまでも先の大戦における日本の正当性を主張することに主眼を置いて書かれています。我々三河教労は、さらにこの教科書の誤謬とすり替えを暴いていきたいと考えています。

 

この教科書は冒頭で次のように書いています。「歴史を固定的に、動かないもののように考えるのをやめよう。善悪を当てはめ、現在の道徳で裁く裁判の場にすることもやめよう。歴史を自由な、とらわれない目で眺め、数多くの見方を重ねて、じっくり事実を確かめるようにしよう。」

 これを見る限りまったくの正論です。しかし、実際は多くの記述が断定的であり、とても子どもたちが「歴史を固定的で、動かないもののように考えるのをやめよう」という意図で書かれているようには思われません。例えば一例をあげると「南京大虐殺」については、この教科書でははっきりとそうした事実はなかったという立場で書かれています。…