スーツは男の戦闘服 -2-


「今日も残業か?スミス」

オフィスの壁に掛かる時計の針が、終業時刻にあと30分をきった時。
まるで何かの指示を仰ぐかのように、スミスをデスクまで招いたアンダーソンが耳元で囁いた。
「何故?」
「俺は残業したくないから」
「期限内に仕事を上げてくれるなら、時間の使い方は君の自由だ」
ディスプレイを覗き込むようにして話す、小声の会話。
「あんたと、晩飯が喰いたい」
「はっ!」
『何を馬鹿な事を』というニュアンスのため息。
「独りで喰うのは、味気なくてさ…」
「誰か他の者を誘えば、良かろう?」
目線でオフィス内を示す。特に女性社員なんかを。
「わかった」
そんなスミスの態度に、アンダーソンはため息まじりに呟く。
「俺も残業するよ」
その言葉に、今度はスミスがため息をついた。


終業時刻が来て、オフィスからは三々五々、人が出てゆく。
結局、スミスとアンダーソンだけが残った。
「アンダーソン君・・・!」
まるで我慢比べか?というような沈黙の時間が続いた後、ある種の感情を抑えているようなスミスの声が、アンダーソンの名を呼んだ。
「美味い店を、知ってるんだろうな?」
「もちろん!」
「1時間だけ、お付き合いしよう」
駄々をこねる子供に、疲れました…そんな口調。
「サンキュ!」
それでも元気いっぱいのアンダーソンの返事に、スミスは額に手をあてて首を振った。
一応デスクの上を片付けて、消灯してオフィスを出る。
ちょうど来たエレベーターに乗ると、アンダーソンは上機嫌で口笛を吹いた。
「何がそんなに嬉しいんだね?アンダーソン君」
他の乗客を気にしながら、スミスが小声で問う。
「ええ?そんなの決まってるじゃないか。あんたと」
「目的地は?」
アンダーソンの言葉のその先を遮るように、スミスはまた問う。
それに苦笑しながら、アンダーソンは店の名前を答えた。
「聞いた事の無い店だな・・・」
訝しげに呟いて、スミスはアンダーソンの顔を見る。
「場所はどこになるんだね?」
「おれのアパートの、近くだ」
そうアンダーソンが応えた時、エレベーターが止まった。誰か乗る者がいるらしい。
「スミス!?」
開いたドアからスミスが足早に外に出て行く。
アンダーソンも慌てて後を追って降りると、スミスはすぐ隣のエレベーターの「上り」のボタンを押していた。
「なんだ、いったい?忘れ物か?」
その問いに返って来たのは、冷ややかな視線とため息。
「何?」
「アンダーソン君」
スミスの声はまるで氷のように、堅く、冷たい。
「君は、ここへ出向中は、自宅から通うのは遠くて大変だからと、わざわざホテル住まいをしてるのではなかったかね?」
「ああ、そうだ」
さらりと応えるアンダーソンに、スミスはまたため息をつく。
「ならば、その遠くて通うのが大変な自宅の近くにある店など、行けるワケないだろう?」
「え・・・だって」
なんだそんな事か、というようにアンダーソンは肩をすくめた。
「ほんとに美味いんだ、その店。あんたにも、食べさせたい」
「私は。1時間だけ、と言ったんだ。君に付き合うのは。そんな遠くでは、無理だ」
「移動の時間は関係ないだろ?」
「移動時間、込みだ」
ティン♪とエレベーターの止まる音がしてドアが開くと、空の箱にスミスが乗り込む。
すかさず後を追ったアンダーソンの後でドアが閉まった。
オフィスのある階のボタンを押そうとするスミスの指を、アンダーソンの手が遮った。
「アンダーソン君。退きたまえ」
不機嫌全開のスミスの声。
「移動時間込みじゃ、ゆっくり喰えないだろう。あんた、まともな食事してるのか?」
「君に心配される筋合いじゃないよ。さあ、早くそこを退いてくれ」


---さあ。貴方ならどうする?---


退く ◆退かない

お好きな方にGO!!