京都 洛北と洛南 2017年4-5月
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1日目 転の章と結の章 北山→京都市街
転の章
茶店で休憩し少々体力が戻った私。集落の一角に見納めどきの桜が咲いておりました。明日には散ってしまうかもしれません。美しい山里の光景を目に焼き付けて集落を抜けると、勾配が急になってまいります。いける、この調子なら上れるかもしれません...
が、持ちこたえたのはわずか10分あまり。推定斜度15%前後以上になってきた坂に、私の脚は完全な売り切れ状態となり、自転車を押して上がるより選択肢がありませんでした。もはや乗って進もうというような斜度にはならないまま、トボトボ歩いた先に峠がありました。
鄙びた山里に美しい桜
百井峠
眺望も何も無い、ただの切り通しぽい百井峠。おそらくほとんどの通行車両が止まることなく通り過ぎてしまうことでしょう。しかし不思議な気配があります。こうしてゆっくりと、己と周囲をシンクロさせていくと、どこか温かみがあるというか、峠が意志を持っているかのような気配を感じます。夜は出る?という噂もあるそうですけど、穏やかな春の小さな峠は、落ち着いた佇まいを見せておりました。
ひとしきり休息した後は峠を西へ下ります。サイクリストにとって下りはラクで楽しくて、上りで溜まったストレスが吹き飛ぶことが多いのですけれど、ここは全く違う。上ってきたルートを上回るかのような急勾配。一瞬でも気を抜くと制御できなくなりそうです。下ハンでブレーキレバーを握りしめたまま、そろそろと下りていくしかありません。
本当に危ないです
斜度が緩くなった下り坂で休憩
途中、急勾配注意の看板が出現し、え? そうなのか? と思った次の瞬間、舗装が荒れて自転車が跳ね気味に、斜度が20%を超えていると思われる区間に突入していました。今まで感じたことのない恐怖に襲われ、自転車から降りねばと思ったときには既に遅い。ブレーキレバーを握った手を一瞬たりとも緩めることができないのはもちろん、足をつくにもあまりの斜度のためはるか前方に着地せねばならず、サドルに跨がったままでは足がつかない。サドルから下りて足をつくには重心が前方に移ってしまい、一気にフロントブレーキに負荷がかかって破綻しかねない。あるいは自転車ごと前転してしまうかもしれません。下ハンを握る手も痺れてまいりました。一昨年傷めた右手首も痛い。このときばかりは後悔と同時に滑落とか遭難とか、そうしたことも頭をかすめました。
幸い20%区間は抜けることができたものの、15%程度の区間は続いており、気が抜けません。背後から四輪車が迫ったような音がしましたが、後ろを見ることなど不可能ですし止まってやり過ごすこともできません。祈るような心境でそろりそろり下り、どうにか斜度10%近くになったところで、止まって休みました。
国道だからと甘く考えたことを反省。重量車のARAYA Diagonaleで来たことも恐怖を倍加させてしまったようです。百井峠おそるべし。上級者向け、いえ、酷道マニア向けです。間違ってもビギナーを連れてきてはいけないコースですね。上級者が挑むとしても、心身の鍛練はもちろん自転車も生半可な整備では命を落としかねません。できるだけ軽量な自転車で、荒れた路面でもきちんと制動できるタイヤやブレーキを装備すべきです。今回たまたま晴天で路面がドライだったから助かったのであって、もし路面がウエットだったら無事では済まなかったかもしれません。
しかし個人的には百井峠はこのままでいてほしい。冷やかしや物見遊山のようなチャライ連中を拒み続ける孤高の峠であってほしい。だからこそ峠の温かな気配や、山里の素朴さが保たれる気がします。地域の方々はまた違う思いをお持ちかもしれませんけれど。
次回来ることはしばらく無さそうなものの、仮に来るとしたらしっかり準備した上で、かつ天候が悪化したら歩いて上り歩いて下る、あるいは引き返すなど、冷静に判断しようと思いました。
結の章
さらに下り勾配が緩くなったところで百井別れという分岐に出ました。ここで国道477号から離れて県道38号を下っていきます。国道よりも県道のほうがなぜか道幅が広く舗装がきれい。安心できる斜度の下りを快調に進んでいくと何台ものロードバイクとすれ違いました。百井峠への国道と違って、この県道は良いトレーニングコースなのかもしれません。 鞍馬寺を通り過ぎ、徐々に交通量が増えてきた県道をどんどん下っていきます。これだけ下りばかりということは、いったい今日どれだけ上ったんやと思ってしまうほど。
鞍馬に入りました
鞍馬寺を通過
県道40号をさらに下り、京都産業大学の横を通過すると賀茂川へ出ました。何て平和でユルい空気なのでしょう。日曜の夕刻だからなのか、決して多すぎない人々が落ち着いてそれぞれの時間を過ごしています。超スローペースで犬の散歩をしている人、はしゃぐ幼児を連れた家族、楽器の練習をする人々、昼寝を貪る人、ただ川を眺めるだけの人...
もし世界にパラレルワールドというものがあり、時間の進み方や価値観の異なる世界があるとしたなら、此処が、この瞬間が異世界そのものです。何かしていないと気が済まない現代人のリズムを緩和し覆すような力が、賀茂川にはあるのかもしれません。ええなあ、京都。神社仏閣や祇園だけが京都ではありません。賀茂川という京都の一面を、私はすっかり好きになってしまいました。
ユルい空気の賀茂川
未舗装の川縁を進む
川沿いの道を自転車で走っていきます。ブロックのような石畳や砂地ばかりで、スピードを出すロードバイクは皆無。安全だし急かされない。歩行者に注意を払ってゆったりとしたリズムのまま、京都市街へ入りました。さすがに人が多く、自転車は走りにくい。
夜間駐輪すべく市営駐輪場へ自転車を預けて宿泊先であるビジホへ行くと、幸いなことに駐輪スペースがあり鍵をかけて保管してくれるとのこと。市営駐輪場から自転車を引き上げて、ホテルで預かってもらうことにしました。
朝、最寄り駅まで走った分も含めて走行距離約45km、獲得標高推定約850m。輪行もしてきたせいで疲労困憊です。なのにヘンに体が緊張して強張ったまま、胃腸も固まったままなのは、恐怖の百井峠を越えてきたせいでありましょう。とても外へ出て夕食をとる気になれず、妻に頼んで買ってきたもらったパンを軽い夕食としました。