【悪夢3】電気蜘蛛は大樹の夢を見るか

【悪夢3】電気蜘蛛は大樹の夢を見るか

成長する悪夢の話。こちらの続きです。




暗闇の中に神々しいほどの大樹が葉を揺らしていた
樹を見ると男はひどく安心した

だが、気づいてしまった

蜘蛛が林檎の樹に巣を張っている

樹は白い花を星のように無数につけていた

満開の花に誘われ虫達は巣にかかる
簡単なものだ

蜘蛛はほくそ笑む

一匹の蝶が巣にかかる
自分が捕らえられたことにも気づかない

笑顔さえ向けてくる
そうだよ ここは楽園だ


ずっと一緒にいてよ

もう一人は厭なんだ


頭がおかしくなりそうだ


いや
既に何処も彼処もおかしい


だって体が動かないんだ

動かない?


そうだ

肢はもがれていたんだった


無性に悲しくなる

足を失った蜘蛛はもう動けない



蝶は悲しげに糸を解いて飛び立っていった
蝶には帰るべき広い空があった



蜘蛛に獲物を捕まえることはできない

糸を紡げなければ誰も自分の傍には留まってくれない

動かない体が憎い

憎い 憎い 

憎い  憎い   憎い


今の自分は醜い怪物だ 憎悪の塊だ


寂しい さびしい




蝶はもう戻らない

糸で縛りつけておいたのに


 行かないで


そう呟いて

手を伸ばすと無いはずの腕が現れた
…滑らかな人間の腕


何の疑問にも思わず緩慢な動きで振るったら簡単に蝶は掌に収まる



掌を広げてみたら 蝶はくしゃりと潰れていて





ああ良かった


これでずっと一緒だ



骸を封じ込めた掌を胸に押し当てる




そこにいたのは蜘蛛ではなく、アラーニェという男


アラーニェは気づく

自分はあの四肢のもがれた蜘蛛そのものだったのだと




突如、暗い暗い空間が切り裂かれた

目に痛いほどの目映い光に包まれる



どこまでも白い部屋


心電図の規則正しい機械音と、籠った呼吸音


部屋の中央にはダイブデバイスも搭載されているであろう最新式の医療用ベッドが置かれている

そして、ベッドの上には痩せ細った男が一人


点滴のチューブがまるで蜘蛛の糸のように枯れ枝のような腕から伸びている
男は指一本動かせない
虚ろな瞳は何も見ることはない


そこに在るのは抜け殻だった



こんな抜け殻は知らない!


こんな世界は知らない!!



アラーニェは男の眠るベッドの傍で立ちすくむ

「でも、これは君なんでしょう?」

急に話かけてきたのは陽炎のように揺らめく黒い影
どこもかしこも白い部屋の中で一際異質な存在

だってほら
ベッドの上の男の手を抉じ開けてみせると




 蝶の屍骸




ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨ア¨



腹の底から絞り出した絶叫が響いた


「おかしいよね、組織のリーダーが実は現実では体が動かないなんて」
実に楽しそうに影は輪郭を揺らめかせる


現実には帰らないで

皆ずっと此処にいて
一緒に 一緒に


「ねぇこれを皆に知られたらどうなるのかな
 皆君に愛想を尽かせて離れていくんじゃない?」



 やめろ

   やめてくれ




だから決めたんだ

こんな歪んだ気持ちなら、もう人は愛さない

仮想世界は私を裏切らない

私は世界のために生きようと


「詭弁だね。
 世界のためと言いつつ、獲物がかかりやすいよう罠を張っていただけじゃない
 君は何一つとして諦めていないよ。醜い独占欲でこんなにも溢れているじゃないか」

足元はいつのまにか真っ黒なヘドロが異臭を放ちながら膝の高さまで溜まっている

まるで喜劇でも見ているかのように愉快そうに影は笑った
脆くて柔らかな部分に容赦なく爪を突き立てながら



悲鳴をあげる

震える腕で影を引き裂こうと指を蠢かしたが体が言う事をきかない




誰だ 誰なんだ お前は


「また会おうね”ラァネさん”」

舌舐めずりをしながら影は笑った





急激な覚醒に体が一瞬大きく震えた。
ぼやけた視界の目の前に白い姿が映る。

「……ヴァレン タイン…」

「大丈夫?ラァネさん」
心配そうに覗き込んでくる。
「あの、ひどく、うなされていたから」
手をそっと重ねられていた。

温かくも冷たくもないその手から夢でも幻でもなく確かに温度を感じた。
ふと蝶の骸の感触を思い出して、ひどく自分の掌が汚く思えた。
一瞬離そうとしたが温もりに抗えない。

「すみません。今はあなたの方が大変な時なのに」

ヴァレンタインはそろそろ記憶がリセットされる時期だという。
先月記憶がリセットされてから一月経ってもリセットは起こらず「もうリセットは起きないんじゃないか」と楽観的に考えたこともあったが、もしものことを考えると気が気ではなく、毎晩ヴァレンタインの傍にいた。

こんなに気になってしまうのは何故なのだろうか。
傍にいるのは、ヴァレンタインのため?
それとも、自分のためだろうか
先ほどまでの悪夢を思い出してゾッとした。

今まで深く考えてこなかったが、本当に心の底からこの召喚獣のことを考えていただろうか。
少しでもこの獣が幸いに思うことを自分は与えられていただろうか。


「…」
口を開いて何かを言おうとしたが、何も言葉にならない。
代わりにぎゅっと手を握り返した。

忘れられるのは寂しい。そんなことはもうとっくに自分の中でも理解している。
忘れられるのが辛く、苦しいほどには、この獣が心の中を占める割合が増えていることも。



アンジェロくんの誕生日(7月頭)の後の悪夢
これが多分、最終形態
彩之進さんとヴァレンタインさんをお借りしました。問題があったら訂正しますので遠慮なく…!
そして7月頭=ヴァレンタインさんの記憶リセット時期なので、うなされているところを見られてしまって恥ずかしいね申し訳ないね

現実世界でのアラーニェは生まれつきの病気で体が全く動きません
長い間、広いお屋敷で一人きりで暮らしています(介護ロボットがいるので身の回りのことは大丈夫です)

というネタばらし。多分バレバレでした。

ヴァレンタインさんを最初に見て、ネガティブな気持ちになったのも現実の自分と重ね合わせてしまったから。
現実に捨てて来たものが、仮想世界まで追いかけてくる、そんな暗示。

悪夢難しいですね。狂気な感じが伝わればいいんですが…
何かまだネタはあった気もしますがそこらへんは追々。
多分これが一番アラーニェが隠したがっていた弱点であり、汚点。
プライドの高い人には許せない欠点。

※病気設定ですが、似たような病気の方を愚弄するつもりはありません。
もしも気分を害された方がいましたら深くお詫び申し上げます。