お紺狐の伝説



浜松市の中央に平田(なめだ)町があって、ここに再見寺という古い寺があった。この寺は、徳川時代、寺田三石七斗を買ったと記録にある、曹洞宗の寺である。
 その頃、この寺の境内は広く、薄暗く茂った竹藪が寺を囲んでいた。そして、その竹藪の中には、「お紺きつね」と言われる狐が住んでいた。この狐は、いつも紺がすりの着物を着て、赤い帯をしめた娘に化けるので、みんなに知られていた。
 ある日のこと、
肴町の菊造という魚屋が、米津の浜に魚の買出しに行っての帰り、遅くなって成子のあたりを帰って来ると、もう日はとっぷり暮れて、しかもぽつぽつと雨が降り出してきた。
「困ったな」
重い魚籠を持った菊造は、暗い空を見上げて渋い顔をした。雨は次第に強くなって来た。
 と、前を見ると、蛇の目の傘をさした、紺がすりの着物に赤い帯の女の人の後ろ姿が見えた。
「おお、あの傘の中に入れて貰おう」
 そこで足を急がせて、女の人に近づこうとすると、女の人も急ぎ足になる。ゆっくり歩くと、女の人もゆっくりとする。急いで行って言葉をかけようとすると、今度は顔をそむけてしまう。
「いまいましいな」
 遂に西見寺の近くまで来てしまった。その時、女は初めて傘を上げて振り向いた。見るとそれがなんと、一つ目ののっつぺらぼうだった。
「あッー」
 菊造は魚籠を投げ出して逃げ帰ったと。