三河教労機関紙2006年度連載 『日中・太平洋戦争と教育』 第5回   2006年10月


3章“真空地帯” 卑猥で不条理な暴力の軍隊
 第1部「天皇の軍隊」の第1章は「侵略」、第2章は「飢死に」について書いてきました。第3章は日本軍の軍隊生活についてです。それは、卑猥で不条理な暴力社会でした。
    鉄拳と「自転車こぎ」 『二等兵物語』
 子どものころに、『二等兵物語』という映画を見た覚えがあります。喜劇役者の花菱アチャコと伴淳三郎の二等兵コンビが、いじわるな上官に一矢報いるといった内容だったと思います。喜劇でしたが、いろいろなことにかこつけて上官から制裁を受ける二等兵の姿が心に残っています。
 上官が「恐れ多くも天皇陛下の!」という決まり文句を叫ぶと、兵隊たちは直立不動の姿勢をとらなければなりません。一列に並ばされた二等兵たちに鉄拳が飛びます。よろけたり倒れると「それでも日本男子か!」という罵声とともにさらに鉄拳が飛びます。「自転車こぎ」といった“いじめ”もあったように思います。両脇の机に両腕を立てて体を支えながら足を宙で回して自転車こぎのまねをさせられます。そこへ「隊長に敬礼!」の号令が飛びます。兵隊は敬礼をしたとたんに支えを失い床に崩れ落ちます。
 アチャコの「メチャクチャデゴザイマスガナ」という言葉がぴったり合っていました。
このシリーズは、昭和30年から36年にかけて10本作られています。
 空気の無い兵舎   
野間宏著『真空地帯』
 
もう1本、軍隊生活を描いた映画で頭に浮かぶのが『真空地帯』です。原作は野間宏の同名小説で、日本の軍隊生活をはじめて本格的に描き注目されました。
 野間宏は、昭和16年の開戦2ヶ月前に26歳で教育召集を受け、歩兵砲中隊に補充兵として入営。フィリピンで戦闘に参加してマラリアで内地に戻ります。昭和18年、治安維持法に問われて大阪陸軍刑務所に半年入所。出所して原隊に復帰しました。昭和1911月、部隊は南方に移動するが、監視上の理由で召集は解除されて生き残ることになります。敗戦をむかえ、昭和27年に『真空地帯』を発表しました。
 重なる山本薩夫の体験
 
原作が発表された昭和27年に、後年社会派の巨匠といわれた山本薩夫が監督して映画化されました。映画は「強烈な反戦メッセージが響く骨太の傑作。非人間的な軍隊生活をリアルに描くとともに、兵隊たちの個性を生き生きと描き出した。」と高く評価されました。
 
山本薩夫は、昭和20年に臨時召集兵として、千葉県の佐倉連隊に二等兵として入隊しました。後年、この佐倉連隊兵舎を使い、映画『真空地帯』を撮りました。
 山本は、著『私の映画人生』に「私の“真空地帯”」と題して次のように書いています。

 中国の山東省に連れて行かれ、三ヵ月間の教育を受ける。「そこでの内務班(兵舎の寝起きを共にする生活単位の班)の経験は、生涯忘れられないものとなった。」「軍隊は、地方人がほとんどである。だが、地方でどんな状態であったかは、ここではいっさい問題にはならない。これまでのキャリアはすべてゼロにし、新たな軍隊という組織の中に組み込まれ、全く裸になって軍隊教育を一から叩き込まれるのである。まさに真空地帯だが、そこでの教育の第1目的は、天皇陛下に忠誠を尽くすということであった。上官の命令は、天皇の命令である。したがって私たちにとって、上官の命令は絶対であった。」
 「私は、軍隊は入ったら自分のことだけきちんとやっていればいい、自分の責任だけ確実に処理していればいいと解釈していたから、兵長の下着の洗濯などはいっさいしなかった。下士官や兵長、上等兵などが演習から帰って来ると、初年兵はみんな競い合うように彼らの足下に飛びつき、ゲートルを解き、靴を脱がせ、磨いていたが、私はそういうことを絶対にやらなかった。それが憎まれた最大の原因であり、人一倍よけいビンタを食った原因であった。」
 「夕食が終わると毎晩、当直士官が来て人員を点呼する。私は、この点呼の時間がいちばん苦痛であった。当直士官が帰ったあと、内務班長の軍曹が出てきて軍律について質問する。それにいちいち答えなければならない。答えにつまると、頬に容赦なく手のひらやスリッパが飛んできた。場合によっては兵長がそれに代わり、『お前らあ!おれが教えたのに覚えられないのか!』と叫びながらひっぱたく。とうとう私は、前歯を二本折られてしまった。」
 「時には、内地から慰問袋や手紙が来ることがある。原節子ら、女優たちからもずいぶん来た。これは全部検閲されてくるわけだが、点呼のあと、この手紙を私に声を出して読めと言う。読めといわれても、内容は『お元気ですか』とか『一生懸命頑張ってください』とか、そんなことぐらいしか書いていない。だからそう言うのだが、それを私に無理やり朗読させるのである。読み終わると兵長が、『おい、お前、原節子と何回やった?』と、とんでもないことを言ってくる。『いいえ、そんなことはしておりません』『なにい、ウソつけえ!』とたんにパチーンとなぐられる。」 
 このような山本の体験は、野間の体験とそっくり重なるものでし
た。原作の『真空地帯』には、例えば次のように描かれています。
 「すると今日は既に訓練をおえた初年兵が、そこにかけつけてい
て、初年兵係上等兵のしている巻き脚絆をとくために、その足元に かがみこんで、『上等兵殿、上等兵殿、どうか、自分に巻き脚絆とらして下さい…』とたのみこんでいた。ところが、地野上等兵の足元には二人も初年兵がだきついて、自分にとらして下さい、自分の方にとらして下さいと、互にいい合っているのだ。」
 「一ツ軍人は忠節をつくすのを本分とすべし 初年兵ははじめた。その声がちいさいとどなられるのを恐れている声は事故をおこしたあとなので、哀れなほど大きかった。」

『真空地帯』の主人公木谷は、「空気の無い」兵舎で、強い力で人間らしさをふるいとられて“真空管”になることに抵抗するが、結局、選外だったにもかかわらず野戦行きにまわされ船上の人になります。野戦行きは「死」を意味しました。

機関紙特集目次に戻る 前のページ 次のページ